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異国に住んでいると、
はるばる日本から届く小包は涙が出るほどうれしいものです。
そのうれしさは、おそらく送り主の予想をはるかに超えたものです。

ザンビアにいた2年間、家族や友人から何度も小包を受け取りました。
小さい箱にめいっぱい詰められた「日本」は、
それがたとえどこのコンビニでも売っているありふれた安菓子であったとしても、
ものすごく郷愁をそそって、送ってくれた人の顔がありありと思い出されて、
なんだか自然に泣けてくる、そんなものでした。

今度は私の番です。

今日、ザンビアに小包を2つ送りました。
中身は主にお菓子とおつまみです。
送り先は滝さんにしてありますが、水曜生ビールの会会員諸君や、
その他ルサカのみんなで食べてもらえたらうれしいです。
1か月くらいで届くと思うので、来月頭くらいになったら、
みなさん、滝さんを突っついて、「私の分ちょーだい」と言いましょう。
お菓子の分配は滝さんに委ねます。
あ、滝さん滝さん言ってますが、カバンガに住んでるあの人のことです。
みんな、小さな日本をどうか楽しんでね。

受けた恩をこうやって返していくのもアリかなと思うのです。
みんながみんないろんな人に恩を返していけば、
結局は同じことだと思うのです。

それにしても、日本に帰ってきて思うことは、
予想以上に「感動」が少ないということ。

ザンビアで食べるハイチュウは涙が出るほどおいしかったのに、
日本で食べるハイチュウは普通の味。
これはあらゆる食べ物に対して言えることです。
異国で食べるからこそ「ありがたみ」が「おいしさ」になるのですね。

そりゃあおいしいはおいしいんです。
お刺身やお寿司なんかとびっきりおしいしいし、
日本の食べ物はなんでもおいしい。
白いご飯だって何杯でも食べられるくらいおいしい。

それでも、「これくらいおいしいのが日本」という感覚があるというか、
どうしても「おいしくて当たり前」と受け取ってしまうのです。
そこに「感動」が思ったほどないのです。

今思い返すと、
ザンビアでみんなが持っている限られた和食材を持ち寄って、
工夫して作る和食ほどおいしいものはなかった。
手巻き寿司、うどん、豚まん、おせち料理、ラーメン、すき焼き・・・
食べたいものはなんだって自分たちで作りました。
どれも本当においしかった。

「おいしさ」の要素って、素材の味や見た目だけじゃなくて、
「故郷を想う気持ち」や「一緒に食べる仲間」という環境も大きいんだなぁと、
日本に帰ってきてしみじみ思ったのでした。
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2012.05.07 Mon l 帰国後(つぶやき) l top
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