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2日前の日曜日、2012年2月12日、ザンビアサッカー代表チポロポロは、
アフリカ大陸の覇者を決めるネイションズカップで悲願の初優勝を果たしました。

興奮しすぎて手に汗握りすぎて胸までドキドキした120分でした。
まさかね、正直、優勝するなんて。
だって、決勝トーナメントに進んだだけで、すごいと思ったのに。

トーナメントに進んでスーダンに勝ったところまでは、
普通にうれしく楽しかった。

それがガーナに勝っちゃって、
これはもうタダごとではないという雰囲気になり、
まさかの優勝しちゃうなんて、もう現実味がないレベル。
信じられません。なんだろう、なんか、信じられない。

ほんとにほんとに、チポロポロおめでとう!
チポロポロにとって、決勝戦の行われたガボンのリーブルビルは「運命」の地。
まさにこれは「悲願」の優勝なのです。
なぜなら・・・

物語は19年前に始まります。

1993年4月28日、ある小さな飛行機がアフリカのガボン沖で墜落しました。
原因は、エンジンの引火、停止、そしてパイロットの操作ミス。
エンジン部分にはもともと欠陥があったよう。
乗客は、チポロポロの選手18人、監督、そしてスタッフ。
クルーを含めた30人全員死亡という大惨事。
ワールドカップのアフリカ最終予選でセネガルと戦うため、
セネガルのダカールに向かう途中でのできごとでした。

88年のソウルオリンピックでイタリアを4-0で下し、
ワールドカップ出場も視野に入っていた強豪チームだったチポロポロ。
そのチームが、一瞬にして消滅したのでした。

0wreckage.jpg

将来有望だった世代を丸ごと失い、夢はガラガラと音を立てて崩れ、
ザンビア全土が悲しみに包まれました。
(と、ザンビアサッカー協会のウェブサイトにあります。)

ザンビアサッカー史上最強のプレイヤーで当時のキャプテンだったKalusha Bwalyaなど、
一部の選手は、別ルートでダカール入りする予定だったため、この惨事を逃れました。
生き残った彼らは、若手とともにチポロポロをよみがえらせ、
翌年94年のチュニジア開催ネイションズカップで、見事に決勝進出。
しかし惜しくもナイジェリアのスーパーイーグルたちに敗れたのでした。

それから18年。
18年ぶりにネイションズカップの決勝に残ったチポロポロ。
決勝戦の開催地は、奇しくもガボンのリーブルビル。
19年前、墜落する直前に飛行機が飛び立った地でした。

決勝戦の前の先週木曜、
現在はザンビアサッカー協会の会長であるBwalyaをはじめ、
チポロポロとその関係者一同は、事故の起こった大西洋沖に赴き、
花を手向けました。

2_chipolopolo.jpg

2s-DSC08633.jpg

ガボン沖に散った彼らの夢を抱えて、そのガボンで決勝に臨んだチポロポロ。
相手は強豪コートジボワール、世界に名の知れたドログバをはじめ、
欧州各国で活躍するプレイヤーたちを擁するエレファント軍団。

3s-DSC08680.jpg
チポロポロの布陣はこのとおり。

4s-DSC08687.jpg

4Renard.jpg
チポロポロ監督は超イケメン。

1s-DSC08624.jpg
これが噂のDON'T KUBEBA(何も言うな!)ポーズ。
得点したらやってくれるやつ。
決勝戦開始前に流れた別の試合のときの映像です。
スーダン戦かな。
真ん中がキャプテンのChristopher Katongo(クリストファー・カトンゴ)。

オリンピックの閉会式かよ!という盛大なセレモニーのあと、
ザンビア時間21時半きっかりにキックオフ。

どうか、ボロ負けだけはしませんように・・・。
そんなことを私は密かに思っていましたが、
どうも押されっぱなしというわけでもないし、結構互角に戦ってるような!
惜しい場面、危うい場面を乗り越えながら、前半戦は0-0で終了。

最大のピンチは後半戦。
チポロポロのファールによるPK。
キッカーはドログバ。
「ああ、この1点で負けか・・・」と、正直、私は諦めかけました。
しかし、なんと、このPKをドログバが外した!

0-0のまま、90分間終了。
試合は延長戦へ。

延長30分、惜しいシュートもぎりぎり外れたり、止められたり。
両チーム得点のないまま、ついにPK戦へ。

先攻エレファンツ、後攻チポロポロ。

5s-DSC08709 - コピー
ザンビアの守護神、Kennedy Mweene(ケネディ・ムウェーネ)。
いやあ、かっこいいな!

6s-DSC08712 - コピー
ザンビアのPK1人目、早速カトンゴ登場。

5人目までどちらも外さず、サドンデスへ。
続く2人も両チームとも決めて、8人目のエレファンツ、コロ・トゥーレ。


・・・ムウェーネが止めた!!!

これでチポロポロが決めれば念願の、悲願の初優勝!
チポロポロ8人目はRainford Kalaba(レインフォード・カラバ)。

7Kalaba.jpg
こんなかわいい顔。
この子、この試合でいろんな場面に何度も出てきて、大活躍。
もう勝利は目前、フライングで大喜びしてしまいそうな気分。

それが!
なんとなんと、カラバも外した・・・。

サドンデス続行。
続くエレファンツ9人目、ジェルヴィーニョ。

もう、この時点で、ドキドキしすぎて、早く終わってほしかった。

・・・外した!!!

チポロポロ9人目、Stoppila? Sunzu(ストピラ?・スンズ)。
みんなで肩を組んで固唾を呑んでテレビを見つめるうちら13人。
緊張しすぎてどうかなるかと思った。

8.jpg
結果はご覧のとおり!
決めたー!!!!!

試合開始から3時間。長い長い戦いでした。

9_1.jpg

9_2.jpg

きっと、19年前の選手たちも、みんな一緒に戦ったんだろうなぁ。
あぁ、思い返しただけで泣きそう。

その瞬間、街中が歓喜に包まれ、弾ける歓声とブブゼラの音。
真夜中の0時半に始まるどんちゃん騒ぎ。

車で家に帰ったのは1時半頃。
路上は走り叫ぶ人に溢れ、車はバンバン叩かれる始末。
ルサカ中、いや全ザンビア中が喜びを爆発させていました。

この瞬間にザンビアに居合わせられて、幸せ。
ザンビアに来てよかった!

We have done it. It would have been unthinkable for Chipolopolo to leave Libreville without the trophy.
「チポロポロがトロフィーを持たずにリーブルビルを去るという選択肢はなかっただろう。」
とは、イケメン監督レナール氏の言葉。

どうでしょう、この映画になりそうなストーリー。
事実は小説よりも奇なり、とはまさにこういうことを言うのか。
「インビクタス」みたいに映画化されないかな。

すっかりにわかファンになった私。
ドログバでさえ名前しか知らなかったのに、
チポロポロ選手をこの3時間でたくさん覚えてしまった。

ドログバと並ぶカトンゴを見て、その身長差にびっくり。
カトンゴって小さいなぁと思ったらドログバもデカいのですね。
189cmだって。カトンゴは169cm。

カラバくんは顔がかわいすぎて何歳だろうと思ったけど、意外にも25歳。
それよりも若い選手がたくさん出ていました。
スンズ22歳、Lungu(ルング)20歳、Sinkaka(シンカラ)も20歳。
今回は出場していなかったけど、Kangwa(カングワ)くんなんて17歳。
事故を知らないネクスト・ジェネレーション。

なお、Kalusha Bwalyaはカルーシャ・ブワルヤとして世に知られていますが、
ブワルヤというより、ブワリャです。
ザンビアには、ブワリャって名字は結構よくあります。
しかし調べてたら、ドログバもドロバのほうが近いとのこと。
エムボマもムボマだし、表記って難しいですな。

ザンビアサッカー協会はFAZ(Football Association of Zambia)といいます。
調べていたら、なぜか公式サイトを名乗るサイトが2つでてきました。なぜだ。
http://www.fazfootball.com/
http://www.faz.org.zm/
一時期FAZって何やらもめてたけど、それが関係あるのかな?
まぁ、ここらへんはザンビア。

いろんな記事を読んで、スポーツ用語も知りました。
favourite 優勝候補
runner(s)-up 第2位
qualifier 予選(ワールドカップ出場など、何かにqualifyするための予選試合)
AFCON/Afcon アフリカネイションズカップ (Africa Cup of Nations)

墜落事故の話は、
"Gabon air disaster"や"Zambia national football team air disaster"
などで検索するといろいろ出てきます。
私は主にウィキペディアの記事と前述のFAZサイトを参考にして書きました。
ただ、事故の日付について、ウィキペディアでは4月27日、
FAZサイトでは4月28日とされていて、
それ以上ちゃんと調べていないのでどちらが正しいのかわかりません。
本文はFAZサイトの4月28日としました。

最後にもう一度、チポロポロ、心からおめでとう。
感動をありがとう。
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2012.02.14 Tue l 祭り・行事 l top
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