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無事タンザニアから帰ってきました。

キリマンジャロ、登ってきました。最後まで。
思った以上に辛かったけど、すべてが楽しかった。

しかし下りのほうが辛いとは思いませんでした。
下山してから5日経った今日になって、
右足親指の爪がどす黒くなり始めました。
かなり腫れていて、今後の行方が気になるところ。
はがれませんように。

これからぼちぼちと、これでもかというくらい、
キリマンジャロ登頂記を書いていく予定。

そしてやっぱりタンザニアは外国でした。
ダル、都会でした。
イスラムの国でした。
非常に蒸し暑いところでした。

同期隊員のみなさまには大変お世話になりました。
彼らのスワヒリ語の使いっぷりに驚きました。
9か月ぶりの再会、とても楽しくて、
時間はあっという間に過ぎてしまいました。

見知った場所に帰ってくると、ほっとするものです。
タンザニアにいる間は、
あんなに「帰りたくなーい!」と思っていたのに。

10日ぶりの我が家、幸いにも今のところ異常は見当たりません。
ひと安心。

メールがたくさん溜まっていました。
それからいくらかハガキと手紙も届いていました!
うれしいうれしい。
ありがとうございます。
お返事、順次していきます。
もうちょっとだけお待ちくださいませ。

みなさま、よいクリスマスを。
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2010.12.23 Thu l つぶやき l top
本格的な山登りなんて一度もしたことないけれど、
ハイキングというか、歩くのは好きです。

ザンビアに来るまで、
キリマンジャロに登るなんて発想はまったくなかったけれど、
むしろキリマンジャロが山だという認識すらあやふやだったけれど、
先輩隊員には登った人がたくさん。
誰でも挑戦できる山だと知って、
任期中に必ず行こうと心に決めました。

チャンスは意外にも早く巡ってきました。
13日(月)にタンザニアに向けて発ち、
14日から18日まで5日かけてキリマンアタックしてきます。

アフリカ大陸最高峰、キリマンジャロ。
標高5,895m。
空気の薄さは地上の半分。

山小屋に泊まりながら3日かけて登り、
3日目の深夜~4日目の早朝に最高峰ウフル・ピークへアタック。
登頂したその日のうちにどんどん下り、1泊して5日目に麓まで下山。

気をつけるべきは高山病。
高山病とは気圧の低下による慢性的な脳の酸欠状態だそうで、
症状は頭痛、不眠、食欲不振、吐き気、むくみなど。
聞いたところによると二日酔いがずっと続くような感覚だとか。

対策
・ゆっくり登る(酸素の薄い世界に体を慣らす)
・深呼吸・腹式呼吸(換気量を増やす)
・水分を意識してたくさん摂る(高所では渇きの感覚が鈍化する)
・暖かくする(寒さによる震えは酸素消費量を増やす)
・腹八分目(消化のために胃に血液がまわって眠くなり脳に酸素が行きわたらない)
・眠くてもすぐ横にならない(消化を助ける、呼吸数が減って酸素吸入量が減る)
・熟睡しない(呼吸が浅くなる)

ポイントはとにかくゆっくり登ること、らしいです。

うまく行けば、
12月17日(金)タンザニア時間で朝7時(ザンビア6時、日本13時)頃、
ウフル・ピークに到達します。

高山病の症状がどの程度出るかは登ってみないとわかりません。
対策はとにかく高度を下げること、すなわち下山すること。

諦める勇気も大切、だそうです。
無理をせずに、山登りを楽しんできたいと思います。

次回更新は早くて23日(水)。
キリマン登頂記(&タンザニア食い倒れ記)をお楽しみに。
2010.12.10 Fri l キリマンジャロ l top
12月になりました。

活動に第1週目で区切りをつけ、
第2週目の今はニャンジャ語研修を受けています。

そして第3週目から4週目半ばまでタンザニア旅行。
詳細は別の記事で(出発前に更新予定)。

学校隊員がターム休みに入っていて、
さらに年に一度の健康診断があったりして、
多くの隊員がルサカに来ています。

ニャンジャ語やら旅行の準備やらで何かと忙しい上に、
1月頭に帰国する20-3次隊の帰国報告会があったり、
同期やほかの隊員とお茶をしたりご飯を食べたり。

RIMG5793.jpg
お好み焼き食べたり、

RIMG5794.jpg
スイカ食べたり、

RIMG5803.jpg
カレー食べたり。
このカレー、どう見ても日本のカレーだと思いませんか。
素晴らしい。

そんなわけでしばらく更新が滞ります。
先月たくさん書いた代わりに今月は更新頻度がぐんと下がります。
悪しからず。
2010.12.08 Wed l お詫び・お知らせ・更新予定 l top
12月1日はWorld AIDS Day。
日本ではどんなイベントがあったのでしょうか。
東京タワーがレッドリボンになったりしたのでしょうか。

ザンビアでは、こういうなんとかデーには各地で行進&式典を行うのが一般的。
6月30日のNational VCT Dayに続き、今回もルサカのイベントに参加してきました。

こういう式典に参加するのは、援助団体やNGO、企業など。
たぶん参加したければ誰でも参加できるのだと思います。
各団体がそれぞれ大きなバナーとお揃いのTシャツを作って参加。
お揃いTシャツ好きのザンビア人。

NAC(National AIDS Council)、DATF(District AIDS Taskforce)をはじめ、
USAID(アメリカの国際協力機関)、VSO(イギリスなどのボランティア団体)、
ZESCO(電力会社)、Bank of Zambia、それにそのほかいろいろな企業やNGOがいました。

私は配属先のダイレクターの子どもたち6人(15~20歳くらい)と一緒に、
ECRという教会系NGO(たぶん)のメンバーとして行きました。
(ただ、結局ECRの人たちは見つからなかったのですが…)

行進の出発地点はマテロという地区のガソリンスタンド。
そこから北に2~3キロ先のユース・オリンピック・センターというところまで歩き、
そのオリンピック・センターにて式典が開かれました。

なかなか疲れた半日でした。
以下、時間を追ってご紹介。

5時、起床。

5時50分、家を出発。
6時半に配属先に来てと言われていたため、
バスで行進出発地点とは逆方向の配属先へ。

6時半ちょうど、配属先に到着。
6時40分にみんなでバス停へ。
7時過ぎ、バスが来たので乗り込んでタウンへ。

7時45分頃、タウン到着。
決してそんなに遠くはないのですが、
待ち時間やら渋滞やら、なんだかんだで所要時間45分。
マテロ行きのバスへ乗り換え。

8時、行進出発地点着。

RIMG4875_1.jpg

マテロにもメリッサ(スーパーマーケット)があるって知らなかった。
8時に行進スタートと聞いていたけれど、始まる気配なし。
待つこと1時間。
9時、ようやく行進スタート。

RIMG4891_1.jpg   RIMG4883_1.jpg
RIMG4885_1.jpg   RIMG4886_1.jpg

行進の先頭は警察の楽隊、そしてmajoretteと呼ばれるバトン隊。
それに続くたくさんの人。

10時、オリンピックセンター着。

RIMG4898_1.jpg   RIMG4904_1.jpg


式典会場はなかなか広く、そこが人で埋め尽くされました。

10時過ぎ、式典開始。
お偉方のスピーチ(たくさん)、HIV/AIDS予防啓発のドラマや劇、
トラディショナルダンス、さらにお偉方のスピーチと、式典は延々と続き、
12時過ぎ、ようやく終了。
この間、飽きて退出するザンビア人多数。
私が一緒に行った子どもたちもみな疲れて途中退出。
といって外にいても何をするわけでもないのですが。

行進出発地点に着いたときからECRの人たちを探し続けたのですが、
結局最後まで見つからず、
配属先の子どもたちは当てにしていたTシャツ、昼食、交通費をもらえず。

式典がすべて終わったので、元々何ももらえないと決まっていた私は、
ECRを探し続ける子どもたちより一足先に帰りました。

オリンピックセンターからバスに乗り、
タウンで乗り換え、ロングエーカーズへ。

普段ミニバスにほとんど乗らない私、
間違いなくこの日、1日のミニバス乗車回数最多を記録。

National VCT Dayのときも思ったけど、
こういうイベントってHIV/AIDS関係の支援団体や大きな企業など、
参加しているのはそもそも関係者ばかり。
HIV/AIDSに無関心な一般の人々をいかに巻き込めるかが大事な気がするのですが、
これでも少しは効果あるのかなぁ。。。

日本のみなさんも、これを機にぜひ、HIV検査受けてみてください。
敷居は高いですけど、ぜひ。
知ることが大事。
(私の体験記はこちら。)
2010.12.02 Thu l 活動 l top
月曜の夜、翌日帰国する先輩隊員の送別会が、
ドミ(隊員のための宿泊所)の近くの隊員の家で行われました。

唐揚げやハンバーグなどのごちそうに舌鼓を打ち、
先輩隊員と最後のお別れをして、その晩はドミに泊まりました。

翌朝7時半、帰宅。
明け方から降り始めた雨が止まない中歩いたのでかなり濡れ、
さらに泥がたくさん跳ねたので、
とりあえず足を洗おうとシャワーへ直行。

…と、シャワーの壁を這っていたのは無数の蟻、蟻、蟻!!!

慌てて壁をよじ登る蟻に水をかけて撃退していたら、
なんだか足がむずむず。
気づけば両脚に容赦なく登ってきているではありませんか。
膝までまくり上げていたジーパンの中にまで入ってくる勢い。

もう、電流ビリビリ事件以来のパニック。

「ギャ」と叫びながらよくよく下を見れば、
壁だけでなく下にも蟻がうじゃうじゃ。
さらによく見れば、シャワースペースをはみ出して、
洗面所の前、ゴミ箱のあたりにも蟻の群れ、群れ、群れ。
我が家、シャワー、洗面所、寝室に仕切りがありません。

なんとか脚を登ってきた奴らを払いのけながら、
とりあえず被害を受けていないベッドの反対側へ退避。
どうしたものかと数秒考えたのち、
手に届くところに置いてあった殺虫剤を持って反撃。

ぶわわわ~と吹きかけたところ、
広範囲に群がっていた彼ら、思いがけずも簡単に全滅。
ただし殺虫剤も一気にすべて使い切ってしまいました。

あとはひたすら掃き掃除。
蟻の大群って、ほんと気持ち悪いですね。
ひとつに集めるとなおさら。

彼らが最もたかっていたのは、なぜかほぼ空のゴミ箱。
木の皮で編んだゴミ箱、どんなに振って床にぽんぽん叩いても、
落ちるわ落ちるわ、蟻の死体。
とどまることを知りません。

食料の置いてあるキッチンでもご飯を食べるダイニングでもなく、
食べ物を一切持ち込んでいない寝室に出たのがショック、そして不可解。

このできごと、平日の朝でした。
雨も降っていたので、配属先にとりあえず電話。
「家でちょっとしたトラブルがあり、遅れます」と。
結局2時間かけて入念に掃除してから出勤。
配属先のダイレクターにことの顛末を話すと、言われたのは、
「蟻は家がoldでdirtyなところに出るのよ」という情け容赦ない一言。
たしかにシャワー室の掃除はサボり気味だったかもしれない…
反省してこの日、帰宅した後、もう一度入念に掃除。

ああ気持ち悪かった。
お願いです。もう出ないでください。
それからたくさんやっつけてしまってごめんなさい。
どうか成仏してください。
2010.12.02 Thu l 住居 l top
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