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3月21日(水)朝5時30分、予定から30分遅れでドミを出発。
モーゼスとムレンガは頼んだとおりに来たのだけど、まさかのニコラスが遅れて到着。
も~最後の最後でダメじゃん、ニコちゃん!

6時、ルサカ空港着。
空港で待っててくださった調整員の方に携帯電話返却。
さよならNOKIA。

わざわざ空港までお見送りに来てくれたみんなと最後のお別れをして、
セキュリティーゲートへ。

みんな順番に順調にチェックインを済ませる。
6人で帰る我ら、ほとんどが預け荷物の制限20kgをオーバーしていたけれど、
誰も超過料金を払うことなく通過(オーバーしていたのは数kgだったのでね)。

私には、ちょっと大きめの手荷物があり、
ドキドキしながらイミグレーションへ行ったけど、
何も言われず、すんなり2階の待合スペースへ。

まだ時間あるなと思っていたら、意外にも早く呼び出しがかかり、
ゆっくりコーヒーを飲む暇もないまま、いざ搭乗。

さ、搭乗!
とタラップを上ろうとしたところで、そこにいたおばちゃんに止められました。

「あんたの荷物大きすぎるわよ、なんで預け荷物にしなかったのよ」
「こういうのはね、もっとちゃんとしっかり包んで『壊れもの』ってシールするのよ、本来は。」
とやや怒られ、愛想で対抗。
おばちゃんが無線で連絡して別のお姉ちゃんが荷物のタグを持ってきて、
そこへおばちゃんが手書きで行き先や乗り継ぎの便名、経路を書き込んで、
預け荷物への変更手続き完了。

ヨハネスブルク(南ア)行きの便に乗り込んで、
やっと一息ついて開けてみたのがこれ。

s-DSC09316.jpg   s-DSC09317.jpg

ドミを出る直前にもらった、隊員みんなからのメッセージカード(私のデコ四角いなぁ)。
裏にはキリマンジャロ・ビールのラベル。
どのメッセージも愛に溢れていて、ついつい涙ぐんでしまいました。
みんな、メッセージありがとう。
全部しっかり読みました。
しかし、真ん中でどわーっと消してあるの、何が書いてあったんだろう。
気になる・・・笑

さて、ヨハネスブルクまでは2時間。

s-DSC09189.jpg

朝ごはんが出ました。

9時過ぎ、順調にヨハネスブルクに到着。
ここでの乗り継ぎ時間は3時間。
ルサカではヨハネスブルクまでのチケットしか発券してもらえず、
ここで香港までの便と羽田までの便と両方発券してもらいました。
しかし、荷物をうまくシステム上でチェックインできないとかで、
やや待たされ、おみやげ物色に出遅れる私。

ヨハネスブルクの空港は、ザンビアに来たとき、
モザンビーク旅行からザンビアに帰るときの乗り継ぎと、
3度目だったので、構造やお店の場所もわかっていて、無駄なくおみやげ物色。

やっぱり女の子的にはOut Of Africaが一番ですね。
かわいい(そして質の良い)アクセサリや小物が豊富。

そうそう、誰だったか、ここORタンボ空港のNIKEショップでカード使ったら、
詐欺に遭ったという話を聞きました。
南アだからって油断はできないものですね。
カードのご利用には、みなさん、十分お気をつけて。

ここで気づいたザンビアへの忘れもの。

s-DSC09321.jpg

チャチャチャのプールトークンを持って帰ってきてしまったよ!
(これチャチャチャのだよねぇ?)
ジャスティン、ごめん・・・。
滝さん、今度送る荷物に入れときます。使って。

12時、香港への便の出国ゲートに行くと、ボツワナ隊とのうれしい再会。
しかし私、12月にボツワナに旅行してみなさんにお会いしていたので、
「3か月ぶりだね~」という軽い感じ。

いざ飛行機に乗り込み、11時間半の長時間フライトの始まり。

キャセイに乗るのは初めてでした。
とりあえず驚いたのは、映画と音楽の多さ!
映画300タイトル、音楽500タイトルとかだった気がする。
もう、目が回るほどありました。
テレビ番組やゲームもいろいろありました。

映画は、最近のだけじゃなく、過去のヒット作品もあって、
私はいろいろ迷った挙句に「ブロークバック・マウンテン」を鑑賞。
これ、なぜかザンビアにいる間に突然猛烈に見たくなって、
それ以来、帰ったらまず見よう!と思っていたのでした。
こんなところで見られてラッキー。
あ、私、ヒース・レジャー大好きです。

それからシベ2などがあったので鑑賞。
あとスピッツ!それからレッチリとかオアシスとか久々に聴きました。
ほんと、なんでもあった~!

日本時間で考えると19時半~翌朝8時という時間帯のフライトだったので、
とにかくぐっすり寝ようと心掛けましたが、そうはいかず。
細切れに数時間しか寝られなかった。

ザンビアにいる間に何度か12時間のバスに乗っていたので、
飛行機なんて余裕だろうと思っていたら、そうでもなかった。意外と疲れた。

キャセイの機内食はなかなかおしゃれでおいしかったです。
夕食にはアイスが出たよ!
そして朝食にはあんかけ焼きそばみたいなヌードル(焦げ気味)。

s-DSC09201.jpg

カップラーメンは頼めば出たはずだけど、
全然お腹が空かなかったので頼みませんでした。

現地時間の朝7時、香港へ到着。
香港の空港はインターネットができるので、みんないそいそとメールチェック。
無料でネットができるなんて素晴らしい。

最後のフライト、羽田までは4時間。8時半に離陸。
この最後の4時間ってのがなかなか長いのですが、なんとかやり過ごし、
13時過ぎ、羽田着。
ついに2年ぶりに日本へ降り立ちました。

まずトイレに寄って、全自動の超多機能トイレに感動。
歩くと勝手に電灯がついて、便座に座ると勝手に音姫が流れて、
便座から立つと勝手に流されて、洗面台に手を差し出すと勝手に水が流れて、
とにかくすごい!!!
ただのトイレにどれだけ機能が付いているんだ!!

s-DSC09202.jpg

と、思わず写真に撮ってしまいました。
それから水圧の強さにもびっくり。
みんなー、日本のトイレは水がジャーッ!!って流れるよ!
洗面所の水圧も半端ないよ!

イミグレーションを一瞬で通過し、荷物のターンテーブルへ。
搭乗直前に預けた荷物がちゃんと届くか私は冷や冷やしましたが、
職員さんの手に大事に抱えられてやってきました。

s-s-DSC09204.jpg

せっかくなので記念撮影。
どこも折れてないし欠けてない!よかったー!

そんなわけで、約24時間の旅路を終え、
この親子とともに無事に日本に帰ってきたのでした。

s-DSC09307 - コピー

一本の木から彫り出したものです。なかなかいいでしょ。
カフエからはるばるよくぞ我が家までやってきた。

久々の日本、さぞ感動すると思いきや、
あっけなく溶け込んでしまい、感動なんてものは特にない。
そこらへんの詳細はまた別の記事で。
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2012.04.05 Thu l 帰国 l top
私の最後の一週間の予定はこんな感じでした。

3月13日(火):(終日)荷物郵送(こちらご参照のこと)
3月14日(水):(昼)帰国報告会、(夜)ルサカ隊員との最後の定例飲み会
3月15日(木):(昼)帰国報告会、(夜)所長のお宅にお招きいただきお食事会
3月16日(金):(昼)表敬訪問、(夜)JICA調整員による送別会
3月17日(土):(昼)ドミに引越、(昼~夜)隊員による送別会
3月18日(日):(昼)サッカー最後の練習&試合観戦、(夜)Sシェフによる豪華送別ディナー
3月19日(月):(明け方)22-1現職隊員見送り、(昼)帰国面談、帰国報告会

と、ここまで怒涛の予定をこなして、自分の帰国報告会をやっと終え、
なんだか頭がぼーっとするなぁと思いながらドミに帰った月曜日に発熱。
お風呂に入った直後だったのもあったけど、それにしてもちょっと高い37.9℃。

明らかに疲れによる発熱でした。
翌日は帰国のための長い旅路に備えて寝ていたいところだったけど、
配属先とか大家さんとかどうしても外せない予定。

カナコがおいしいカレーを作ってくれて、
体に優しそ~うなひよこ豆のスープも作ってくれて、
たっぷりいただいて早めに就寝。
あれおいしかったわぁ。ありがとね、カナコ。
で、予定は続く。

3月20日(火):(昼)配属先、大家さんと会う、(夜)ルサカのみんなを呼んでBBQ
3月21日(水):(05:30)空港に向けてドミ出発、(07:20)離陸

結局ずっと37℃台の微熱が続いていましたが、
幸いにも熱が出ているというだけで症状はほとんどなく、
無事帰ってくることができました。

アフリカからの帰国者は発熱してると羽田のセンサーで引っかかるよ、と
隊員に脅されましたが、センサーも無事通過。

念のためマラリアテストもやりました(結果はもちろん陰性)。

帰国前に体調を崩したのは私だけでなく、男性陣3人も熱出したり風邪引いたりしました。

みなさん、帰国前はびっくりするほど忙しいです。
体調管理に十分お気をつけて。
やるべきことはすべて2月に終わらせておくことをおすすめします(それでも忙しいから)。
荷物の整理もできる限り早めに!
腐らないおみやげは今から送ってしまおう!
2012.04.04 Wed l 帰国 l top
帰国する際には、いくつかやることがありますが、
たいてい帰国前最後の金曜に行われるのが省庁等への表敬訪問。

私たちは3月16日(金)に行きました。

まず、9時ちょっと前に歩いてJICAへ。
そこからJICAカーに乗って、
9時に財務国家計画省(Ministry of Finance and National Planning)へ。
ここは、ザンビアの援助受入窓口機関であるため、全員でご挨拶。

次に自分の配属先が直接関係している省庁へ。
私はNGOだったため、行き先なし。
前日に観光省への挨拶を済ませてしまった隊員と揃って、
近くで活動している都市計画隊員の職場、
地方自治住宅省のルサカ州事務所へお邪魔しました。
財務国家計画省から歩いて10~15分。

我が家からとっても近いのに、一度も来たことのなかったところ。
同僚にご挨拶して、近所のカフェで一服。
このカフェ、木陰にあって吹いてくる風が心地よいとっても素敵なカフェ。
LAFFE RESTAURANTといって、宮殿みたいなCabinet Officeの脇にあります。

そのあと、別の省庁へ挨拶に行っていた隊員も合流して、
みんなで高級シマ屋さん(AMAI'S RESTAURANT)へ。

最後のカペンタシマ。
付け合わせの野菜は4種類!
25,000クワチャ(5ドル)くらいだったかな。
普通のシマに比べるとかなり高級。
カムワラシマ5~6食分!
写真撮らなかった・・・ので代わりにカムワラシマをどうぞ。
(※カムワラってのは庶民的なマーケットのある地域名です。)

s-DSCN7238.jpg

レバー、煮豆、レイプ(セイヨウアブラナ)の炒め物、そしてシマ。
これでたしか4ピン(=4000クワチャ=80セント、安!)。
いや、5ピン(1ドル)だったっけ?

ここではなぜか「風雲たけし城」が放映されていて、みんなで見入る。
ザンビア人の反応は微妙でした。

とにかく、カナコ、最後にお邪魔できてよかった!ありがとね!

かなり長居をしたあと、私はいったん自宅へ(徒歩5分)。
みんなはJICA事務所へ。
その後すぐ、14時に日本大使館へ(徒歩7分)。
帰国隊員がひとりひとり大使に帰国のご挨拶をして、終わり。
ついでにお世話になった職員の方にもご挨拶。

ここでまた解散。
徒歩で帰宅。

この後、ほかの帰国隊員と一緒に我が家でお茶。のんびり。
そして18時半、近所のステーキ屋へ(徒歩7分)。
JICA職員の方が送別会を開いてくださったのでした。

この日、いろんなところに行ったけれど、なんとJICA事務所が一番遠かった。

hyokei1.png

すいません、縮尺が書いてありませんが、
この日一日で5か所に行って、行ったとこ全部半径1km以内!
すごいな。
私、ほんとにすごいところに住んでたもんです。

9時、14時、18時半と、とびとびに丸一日予定があって、なかなか疲れた一日でした。
今思えば、ここら辺から既に疲れが溜まり始めていたのだなぁ(発熱3日前)。
2012.03.31 Sat l 帰国 l top
既に帰国しましたが、なるべく順を追って書いていきたいと思います。
ときは在ザ中に遡ります。

ルサカの我が家には、猿が出ました。
でも、私が実際に見たのは、それまでたったの一度、このときだけでした。

それがなんと、帰国直前の3月14日に出たんです。

s-DSC09068 - コピー   s-DSC09070.jpg

s-DSC09071 - コピー

私が確認した限りでは2匹。
カメラを向けるとこっちをじーっと見つめてきました。

1年ぶりに出てきてくれた彼ら。
ザンビアを去る私に、お別れを言いに来てくれているようでした。

すると、その翌日15日の夜。

s-DSC09076.jpg

今度はシャーロットが現れました。
シャーロットに会うのも久々。
こんなクモでも私が帰ることわかっているのかなぁ。

なんだかうれしくなった帰国直前のできごとでした。
2012.03.28 Wed l 帰国 l top
ただいま3月20日22時過ぎ。
ザンビア出国まであと9時間。
夜ちょっと寝て、5時にドミトリーを出発して、
7時20分発のフライトに乗ります。

ザンビア最後の夜は、みんなでバーベキュー。
ルサカのみんながたくさん集まってくれて、とってもうれしいです。
みなさん、来てくれて本当にありがとう。
そして、バーベキューの最中に更新することを、どうかお許しください。
更新したらパソコンを片付けて、最後の荷造りをします。

この1週間、息つく暇もない忙しさでした。
帰国報告会、省庁と大使館への表敬訪問、
住居の引き払い、荷造り、そして連日の送別会。

昨日、無理がたたって発熱しました。
他の同期も結構みんな体調を崩しました。
みなさん、帰国時には体調に十分お気をつけくださいませ。

まだ書き切れなかったことが結構あるので、このブログはまだ続けますが、
ひとまずザンビアでは最後の更新です。

2年間日本を離れてその間一度も帰らないというのは、
実はなかなかないことだと思います。
今のところ、予想されること。

・周りが全員日本人であることに違和感を覚える
・周りの人が自分たちの会話を理解していることに違和感を覚える
・夜のコンビニの明るさに慣れない
・夜の街の明るさに慣れない
・コンビニや飲み屋でやたら挨拶やお礼を言ってしまう
・500mlのペットボトルが小さく感じる(ザンビア標準は750ml)
・寒い
・駅の階段や高いホームが怖いかもしれない
・すべてがキラキラして見える
・ネットの速さにビビる

以上、日本に着いたら検証したいと思います。

それでは、さよならザンビア。
日本のみなさん、会いましょう!飲みましょう!
2012.03.20 Tue l 帰国 l top
昨日、ワークパーミットの延長手続きを終えたあと、
大量の荷物を日本へ送るべく、同期2人とともに郵便局へ向かいました。

ルサカには郵便局がおそらく5つくらいあるのですが、なんだか仕組みがよくわからなくて、
Parcel(小包)関係は、タウンのFreedomwayというところにある郵便局でしか
受け付けてもらえない、というのが私が前もって仕入れていた情報でした。

私が送りたかった荷物は、
Parcel(小包)、Printed Matter(印刷物)、Small Packet(2kg以下の小包)の3種類。
とりあえず全部Freedomwayへ持って行ったのが、11時半過ぎ。
(CHさん、車を出していただいてありがとうございました。)

着くとすぐに、税関担当の職員から、
「12時半からランチ休憩に入るから急げ」と言われ、
まずは同期A隊員から荷物の中身を見せ始めると、
もっと厳重に包装しないと受け付けないとさんざん文句を言われ、
チェックした荷物をテープでぐるぐる巻きにされたあとに、
この男、突然、Printed MatterとSmall Packetはここでは受け付けていないから、
本局へ持って行け、だから包装をすべて解け、と言い出しました。

意味わかんねー!

3人してキレそうになりながら、
とりあえず3人分すべてのParcelの中身チェックを終えた時点で、12時半。
タイムアップ。
再開は14時。

はて、どうしたものかと迷った末に、
Parcel以外のPrinted MatterとSmall PacketはPost Netでも受け付けてもらえるはず、
それにPost Netならお昼休憩なんかもないし、ということで、
大荷物を抱えてマンダヒルのPost Netへ移動。

移動したはいいものの、カウンターに荷物を積み始めるとすぐに、
店員に「これだけの荷物を送るだけの切手はないから本局へ行きなさい」と言われて終了。

この時点で13時過ぎ。
お昼までに終わるかな~なんてのは、甘い甘ーい幻想でした。

Post Netの前にどかんと座ってコーラ飲んでひと休憩して、本局へ移動。
13時40分、戦闘再開。
本局だけあってさすがにカウンターが15もありましたが、
荷物郵送を取り扱っているカウンターは、たったのひとつ。
そのカウンターを3人で長時間占拠して、ひたすら郵送手続きをしました。

中身をチェックされるはずと思って封をせずに持って行った荷物のすべてに封をして、
ひたすらに宛名を書いて、それを上から貼って、、、の繰り返し。
宛て名、印刷して持って行けばよかった・・・。
そこまでまったく思い至りませんでした。ああ、大バカ者。
私の荷物が断トツに多かったので、同期2人にとてもお世話になりました。
1人で行ってたらあれは無理だった・・・。

先の支払いまで済ませた同期2人が、
Parcelの続きをすべくFreedomwayの郵便局へ向かったのが15時頃。

私1人で残って、手続きを続けること30分。
職員の人が手続きをしている間、
「これね、漢字だよ~。この2文字で"TOKYO"なんだよ!」「あ、あと4個だよ~!」
と、後ろでイライラしながら並ぶ人たちに、必死で愛想を振りまく私。
やっとすべて終わって私もFreedomwayに着いたのが、15時45分。

その時点で、先に行っていた同期のうち1人の荷物1つが終わっただけで、
もう1人が4つの荷物の手続きを始めたばかり。
同期いわく、「16時に閉まるんだって。」

チーン。

試合終了。タイムアップ。負けました。

そのあともちんたらちんたら手続きを続ける職員。
同期の4つの荷物がすべて終わったのが、実に17時。
私の残りの荷物4つは、翌朝に持ち越しとなりました。

まぁ、置いといてもらえるから、身一つで来ればいいだけだから、いいや。
そう思うしかありませんよね。

やはり1日では無理でした。
朝8時から始めていれば終わったかもしれないけど、
ワークパーミットの手続きがあってそれは無理だった。

さて、翌日(今日のことです)。
8時に開くと聞いたので、8時にFreedomwayへ。

すると、職員は昨日置いていった私の4つの荷物の重さを測っているところでした。
うん、えらいえらい。
その後、サーバーがダウンしてるだの、担当がいないだの、何かと言い訳?されながら、
そして他の客に割り込まれそうになりながらも、
どうにかこうにか、9時半にすべての手続きが完了しました。

終わったときは心底ほっとしました。

いろいろ手伝ってくれた同期のお2人、どうもありがとう。
それと車を出してくださったCHさん、ありがとうございました。

結論。
「とりあえずまずは本局へ行け!」

本局では、Small PacketやPrinted Matterは自己申告しただけで、
中身は全然確認されませんでした。
厄介なのはParcel、というかFreedomwayです。
中身見せて、封をして、書類書いて、隣のカウンターに持って行ってと、
手続きがたくさんあります。
これから行くみなさん、一日がかりのつもりで覚悟して行きましょう。

さて、いったい私はどれだけ送っていくらかかったのか。
計算したらすごいことになりました。

総量50kg、約860ドル。
600ドルというのはやはり希望的観測に過ぎませんでした。

ただ、送り方をちょっと失敗しました。
チテンゲをひたすら小分けにしてすべてSmall Packetsで送ったけど、
あれをどかんどかんと10kgごとのParcelにして送れば、200ドル近く安く上がったはず。。。
バカだなぁ。まったく思いつきませんでした。
まぁ、でもそんな大きな段ボールを調達するのも結構難しいはずなので、よしとします。
今までためていた袋があったので、Small Packetsにするのは問題ありませんでした。

ちなみに、今は制度が変わったそうですが、22-4次隊までの隊員には、
帰国が近くなると、「帰任に伴う住居の移転のための経費」として、
「移転料」約20万円(国によって異なります)相当がUSドルにて支給されます。
これがなかったら、私、こんなに盛大に荷物送らなかっただろうな。。

しかし50kgって結構な迫力ですよね。
内訳は、チテンゲ17kg、本13kg、おみやげ・服・雑貨20kg。
本なんか全部置いていくつもりだったのですが、
こちらで買ったガイドブックや地図帳の類は持って帰りたくて。
それが意外とたくさんありました。。
でもまぁ、Printed Matterは非常に安い(4kgで18ドル)のでよいのです。

ふぅ。これでついに最後の大仕事も終わり!
あとは自分で持って帰る荷物の荷造りのみ。
これはたいしたことないはずなのです。
がんばります。
2012.03.14 Wed l 帰国 l top
s-RIMG1800.jpg   s-RIMG1805.jpg

ザンビアに来てすぐに取得した労働許可証の期限が、なぜか帰国10日前に切れました。
(取得したときの記事はこちら。)

たった10日でも切れてしまったら不法滞在になってしまうので、
延長の手続きに行ってきました。

新しい許可証をもらうわけではなく、
一時的な延長許可を受けたのか(よくわからなかった・・・)、
出国させてあげますという紙切れをもらいました。
この紙切れを、21日にルサカ空港で出国手続きするときに見せなきゃいけないらしい。

パスポートのスタンプも変わりました。

今までは、

s-DSC09061.jpg
Holder of Employment Permit(労働許可証保持者)だったのが、

s-DSC09062.jpg
Holder of R10 08D Permit(R10 08D?許可証保持者)になりました。

「R10 08D」と書いてあるように私には見えますが、正しくはわかりません。
調べればわかるんだろうけど。

JICAスタッフに連れられて移民局に行ったのが9時半過ぎ。
10時半には終わりました。早かった!
2012.03.14 Wed l 帰国 l top
土曜日、最後の旅行を終えてルサカに戻ってきました。
北部州の州都カサマから、郵便物と一緒に人を運ぶポストバスに乗ること11時間半。
無事にルサカに到着しました。

・・・そう、ザンビア隊員のみなさん!
11時間半でポストバスがルサカに着いちゃったよ!
びっくり。

時間に正確なマジャンドゥ(長距離バス)の出発が1時間以上遅れたり、
TAZARA(タンザン鉄道)の発車が3時間半遅れたり、
遅ればかりの旅でしたが、貴重な経験をたくさんしてきました。

で、旅は楽しかったんですが、1週間の旅行に行ってきたら、
ザンビア滞在日数が残り1週間と数日になっていました。

なんだか、突然時間がなくなりました。
タイムスリップでもした気分。

いや、わかってはいたはずなんだけど。。。

かっこ悪いですが、いろいろスパッと諦めようと思います。
体調を最優先します。

ニャンジャ語の資料、たぶん終わりません。
ザンビアへの置きみやげにするつもりだったのだけど。
日本で完成させてお送りします。
ああ、かっこ悪い。

ブログの更新、あとどれくらいできるかわかりません。
やれるだけはやります。
全然できなかったらごめんなさい。
これもまだまだ書き足りないので、日本で引き続き更新します。
ああ、かっこ悪い。

ああ、こんなはずじゃなかった。。。

とりあえず荷造りをしないといけません。
私たち、行きは預け荷物の制限が40kgでした。
私、はりきってスーツケース2つに40kgぎりぎり詰めて持ってきました。

そしたら、なんと、帰りは20kg!
(航空券を手配した会社によります。30kgの場合もあります。)
持ってきたスーツケースを空の状態で測ってみたんです。
そしたらね、空のスーツケース2つだけで15kg。
持って帰れる荷物、正味5kg(+機内持ち込み8kg)。
機内持ち込みのほうがたくさん持てるって!どういうこと!!

というわけで、私の方針は・・・
①基本的にすべて捨てる(持ち帰るものはPC、カメラ、スーツくらい)
②おみやげ、本、DVD、捨てられない服はすべて送る

送る荷物をまとめた結果、
チテンゲ11袋(各2kg)、書籍2箱&2袋、おみやげ3箱、服1箱となりました。

s-DSC09059.jpg
笑えるぜ、この量。

明日郵便局に行ってきます。
予算、600ドル以内。
いや、予算というか、希望的観測。

母さん、これだけの荷物が実家に届きます。
もし私より先に届いたら、どうかよろしくお願いします。

残り1週間となると、あれも最後、これも最後と、何もかもが名残惜しくなりますね。
さすがに2年間住んだ地には、いろいろな思い出が詰まっているものです。

今の気持ちは、とにかく実感がわかない。現実味がない。
あと1か月!くらいの頃が、一番わくわくしていました。
今やもう、わけがわからない。

一度日本に帰ってしまうと、2年のブランクが嘘だったかのように、
すぐに今までどおりの生活に慣れてしまって、
隊員生活は遠い昔の夢のことのように思えるといいます。

日本のトイレきれい!!!なんて感激してるのは最初の数日だけで、
すぐに、駅のトイレって汚いな~という感覚に戻ってしまうとか。

最後の一瞬、一瞬を、全部心に留めておかなきゃ。
そんな日々です。
とりあえず、できるだけシマを食べよう。

ザンビアに来るまで勤めていた会社の先輩から頂いたメールに、
思わずほろっと来てしまいました。

「今年の日本はとても寒いので
桜の開花も3月末~4月になりそうらしいです。
ちょうど、りっちゃんの帰国を待っていたかのようだね。」

先輩、ありがとうございます。
2年ぶりの桜を見るのが心から楽しみです。
2週間後には桜が見られるなんて、信じられない。

これから、怒涛の最後の日々の始まりです。
日本に帰るまであと10日!
2012.03.12 Mon l 帰国 l top
s-RIMG7126.jpg

これは、先月TOEFLとIELTSを受験し終えた自分へのご褒美。
(受験記は、TOEFLがこれでIELTSがこれ。)
MUGG&BEANのレモンメレンゲケーキ(特大)とコーヒー。
大きくて食べきれなかった。
ココのケーキ、ほんと巨大です。(あと、マフィンも。)

さて、早速TOEFLもIELTSも結果が出ました。

TOEFLは、ネットで確認できます。
IELTSは、British Councilまで受け取りに行きました。
ネットでも確認できるらしいのだけど、よくわからない。

結果が興味深かったので、ご紹介します。

<TOEFL>(各30点満点、計120点満点)
Reading 25、Listening 27、Speaking 23、Writing 25
Total 100

<IELTS>(各9.0点満点、総合点9.0点満点)
Reading 8.0、Listening 8.0、Speaking 8.0、Writing 6.5
Overall 7.5

(IELTSはListening, Reading, Writing, Speakingの順に書かれていますが、
TOEFLの順に合わせて入れ替えました。)

TOEFLは受験目的の100点に達してよかった。
160ドル、安くはありません。
しかし、ギリギリってとこがかなりかっこ悪くて悔しい。
リーディングとかちゃんと見直しすればよかったなぁ。
時間は残ってたけど疲れて面倒になってどんどん先に進んでしまった。
反省。。。

さて、両テストを見比べる形で簡単に分析していきましょう。

注目したいのは、SpeakingとWriting。
TOEFLとIELTSで完全に逆の結果となっています。

TOEFLでは、WritingはReading並みに取れているけど、
Speakingが他に比べてガクッと低い。
IELTSでは、SpeakingはReading, Listeningと同点で、
Writingだけガクッと低い。

Speakingは明らかにテスト形式による差です。
TOEFLはコンピュータに向かって孤独にしゃべる形式(録音されている)。
無駄に緊張するし、まわりの受験者の声も聞こえて集中できない。
対するIELTSは個室で15分ほど面談する形式。
なんといっても対面式で、本物の人を相手にしゃべるので、
身振り手振りを交えることができるし、リラックスできる。
というか、自然な発話環境がちゃんと用意されている。

そんなわけで、IELTSの面談、
私の英語の文法はめちゃくちゃだったし、まとまりもなかったけど、
とにかく言いたいことは伝わったというか、
質問に対して中身のあることをそれなりに答えることができたので、
8.0がもらえたのでしょう。
(またはザンビア人採点者が甘いのか。)

TOEFLのSpeakingは、あの環境ではこれ以上取れる気がしません。
あれがたとえ日本語のテストだったとしても、
「はい、15秒の準備時間!はい、準備時間終わり!今から始め!」
とコンピュータに指示されちゃ、「えー、えー」を連発しちゃいそう。
練習しないとダメだな。

Writingについては、出題される問題はほぼ同じ形式。
表などを読み取った結果をまとめる問題が1題(225語程度)、
ある事柄について意見を述べるエッセイが1題(300語程度)、
2題あわせて60分。
違いは、TOEFLにはリスニングがあることくらい。
しかし、問題形式は同じでも、テスト形式には大きな違いがあります。
TOEFLがコンピュータでタイピングするのに対して、
IELTSは所定用紙に手書き。
タイピングと手書きで制限時間が同じだったら、
タイピングのほうがよっぽどたくさん書けます(現代っ子です)。
消して書き直したりも簡単だし。

というわけでTOEFLは、まあまあ書けたな、という感触があって25、
IELTSは、全然書けなかった・・・と思った通り6.5。

それと、トピックの差も大きかったと思います。
エッセイは、たいてい、とあるトピックに対して、
賛成か反対かの意見を述べる形式。
そういう場合、まず自分の立場を表明し、
考えられる賛成意見と反対意見を両方書き、
私はかくかくしかじかでこっちの立場、ともう一度述べて結ぶのが一般的ですが、
IELTSで出題されたトピックについては、
賛成意見がまったく思い浮かびませんでした。。
というか、トピックがそもそもよく理解できなかった。笑
なので、ひたすら反対意見を書いただけになってしまったし、
根拠も弱かったし、語数も足りなかったような気がします。
読むからにしょぼい作文でした。
自分が書けるトピックが出るかどうか、これは運ですね。
(いや、どんな事柄に対してもそれなりに意見が言えないとダメということか。)

そういうわけで、同時期に受けた2つのテストで、
こんなに違う結果となりました。

裏を返せば、ReadingとListeningの私の実力は、
安定してこんなもんということでしょう。
いや、TOEFLのReadingは低いな。もっと取れたはず。
ReadingとListeningは頑張れば満点行けそうです。

アウトプットが苦手。典型的な日本人ですね。

あ、ひとつ、ザンビアで帰国間近にTOEFLを受けるみなさんへの注意点。
(そんな人、私以外にいったいどれだけいるのだろうか、という疑問は置いといて。)
スコアが出てから気づいたのですが、紙のスコアは、
アメリカ本部から送られてくるっぽいです。
勝手にザンビアの受験会場から来ると思い込んでいたけど、
よく考えれば、採点などすべてアメリカで行われているので、
たしかに発送元もアメリカだろう。
あれ、私やばいんでは?
私がザンビアにいる間に間に合うのか?!
ザムポストよ、どうか頑張って1か月で届けておくれ。

*

私の英語学習歴も合わせてご紹介します。

小4~小6 NHKラジオの基礎英語 →発音
小6~中3 津田英語会 →文法
高1~高2 国際高校の英語の授業 →読解力、語彙、作文
高2~高3 アメリカ生活(現地校通学) →全般(読解、聴解、会話、作文)
高3~高3 受験勉強 →読解力、語彙
大1~大4 ゼロ(授業はあったけど力がついた記憶がない)
社1~社4 ゼロ(映画観賞が一応リスニングにはなっていたか?)
隊1~隊2 隊員生活 →多少のリスニング力?

社会人になってからは、英語の本はほとんど読まないし、
洋楽も歌詞を覚えるほどに聴き込んだりしていない。
強いて言うなら、映画と海外ドラマをわりと見ているくらい。
「セックス・アンド・ザ・シティ」「O.C.」「Lの世界」なんかは、
ただ好きで見ていただけだけど、勉強になったな~という記憶はあります。笑

自分の英語力の土台はやっぱりアメリカ高校時代に、
(大げさに言えば)生きていくために必死に使った英語(だけ)であって、
それがどこまで通用するか、だなぁ。
特に、リスニング力とスピーキング力は、
そのときに身に付けただけの力でどうにか持っている気がします。

考えてみると、私の英語力の頂点は、おそらく18歳、
アメリカから帰国後すぐ、大学受験真っ最中の高校3年生のときでしょう。
恐ろしや、10年前。

実際、年々自分の英語力が下降の一途を辿っているのを感じます。
まともに英語ができるようになりたい、とザンビアに来てから何度思ったことか。

ザンビアではデタラメカタカナ英語ばかり話していて、
兄が来ザした際には、
「なんでそんな変な英語しゃべってるの?」と言われてしまいました。
だってカタカナ英語で通じちゃうんだもん。

英語圏でもう一度みっちり英語漬けの生活を送りたいと思う今日この頃。
あ、ザンビアも一応英語圏ですが、インプットが絶対的に足りません。
ある程度の量を浴びるほどに聞かないと、しゃべれるようにはなりません。
それにはやっぱり大学などで勉強するのが一番。
そして学生寮ではなくホームステイするべき。
英語を浴びる生活、もう一度したいなぁ。。。
2012.03.03 Sat l 帰国 l top
帰国手続きのひとつに、銀行口座の閉鎖があります。

ザンビア隊員は、ザンビア着任と同時に、
Standard Chartered銀行のマンダヒル支店にUSドル口座を開設します。
すると、そこにドル建てで3か月ごとに現地生活費が振り込まれるので、
普段そこからドルを下ろしてクワチャに両替して生活しています。

口座の閉鎖に必要なのは、「閉鎖したい」旨を書いた文書。
それをマンダヒル支店に持って行き、提出。
それから口座残高全額を下ろし、
こちらが閉鎖をリクエストした日付以降にもう一度行って、
閉鎖の証拠となる書類をもらい、それをJICAに提出して手続き終了、
と、なるはずですが、さあ、実際はどうだったかというと。。。

まずは文書の提出。
2月10日に行きました。

気になっていたのは、(何千何百)47ドル71セントだった私の残高が、
セントの単位まで全額下ろせるのかということ。
今まで私、100ドル単位でしか下ろしたことがありませんでした。

すると、きちんと47ドルが細かい紙幣で出てきて、
残りの71セント分はクワチャでくれました(3500クワチャ)。
なるほど。

隊員によっては、勝手に謎の手数料が引かれている場合があって、
それをクレームをつけて払い戻してもらうのが、やや大変なよう。
それを払い戻してもらうために文書を提出して、
そこからその手数料が入金されるまで3週間かかるとか。

私は幸運にもひとつも手数料が引かれていなかったので、
ただ全額引き出して文書を提出して終わり。

あとはもう一度行って閉鎖が記された書類をもらってくるだけ。

さてさて。
「2月20日に口座を閉鎖してください」というリクエストの文書を出したのですが、
当日にちゃんと閉鎖されているかは怪しいと思い、
リクエスト期日から2日後の2月22日に確認に行ってきました。
すると・・・
まぁ、半ば予想していましたが、閉鎖されていないとのこと。
そして、文書を受け取った人が不在だから出直してこい、と言われました。

しょぼん。。。
みなさん、文書提出に行ったら、担当してくれた人の名前を確認しておきましょう。
それからその文書のコピーも持っておくべきですね。
(どっちもやらなかった私。)

さて、気を取り直して出直したのが、本日3月1日。
今日は担当の彼(っぽい人)がいたので、その人のところへ。

それにしてもこっちの銀行って、カウンターのほうは並ぶ列があるけど、
個別デスクのほうは、客はみんなただソファに座って待っているだけ。
順番も何もよくわからないし、空いたときを狙って自分から行かなきゃいけなくて、嫌い。

「口座閉鎖のリクエストレターをこの前出したから、クローズされてるのを確認に来た」
と言ったら、担当者はすぐに手続きを始めました。
脇にあった書類の束から私のレターを探し出し、パソコンに何やら入力して・・・
どうやら、何もやっていなかったようです。
2月20日までにお願いねと書いたのは、完全に無意味でした。

彼はどこかに行っては戻ってきて、またどこかへ行く、という具合で、
ほとんど席を外していました。
ただただ待つこと1時間(これくらい待つのには、慣れっこです)。
やっと最終的に戻ってきて、Projected Balanceと書かれた紙をくれました。

s-RIMG7139.jpg

そう、ほしかったのは、このCLOSEDの文字!
よかったよかった。

ふぅ。一仕事片付きました。
帰国手続き関係で面倒なことはこれで終わり!(のはず・・・)
2012.03.01 Thu l 帰国 l top
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