上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top
今日、遅めのランチを食べに、
14時過ぎにWoodlandsのBlue Moon Cafeに行きました。

ここで食べられるのは、サンドイッチかベーグルか菓子パン。
サンドイッチはK30,000~35,000(6~7ドル)。
ベーグルはプレーンがK7,500(1.5ドル)、クリームチーズがK3,000(60セント)。
菓子パンは、シナモンロールがK8,000(1.6ドル)。
コーヒーはお代わり自由でK8,000(1.6ドル)。

いつもは一番安上がりのシナモンロールにコーヒーを頼むのですが、
今日は豪華にサンドイッチを食べよう!と思い、
カウンターの上のメニューをじっくり見ていました。

と、肩からぶらさげていたケータイがぶるぶるっ。
誰だろうと思ったら、タクシードライバーのNicholas(ニコラス)。

ニコラスから電話?何の用だ?と思いつつ、
とりあえずカウンターから離れて出ようとしたら、切れちゃった。

と思ったら、Hey, Ritsuko!!
目の前にいました、ニコちゃん。

あ~びっくりした~。

てか、5歩の距離でなんでわざわざワン切り!
声掛ければ普通に届くでしょう~ニコラス!

ニコラスもサンドイッチ食べてて、
え、こんなとこでサンドイッチ食べたりするんだ?!とびっくり。
ここはムズング(白人)御用達カフェ。
かなりびっくり。

私もうすぐ帰国だよ~!あと3週間!!
時が過ぎるのってほんと早いよね!

とおしゃべりしながら、いったい彼は月にどのくらい稼いでいるのだろう・・・
なんて考えていました。

ニコラスはもうほぼ食べ終わるところで、私のサンドイッチが来たらすぐに、
Ritsuko, I'm going. See you!と行ってしまいました。

彼の車はすぐそこの見えるところに停まっていたので、
ちょっと見ていたところ、1組のカップルが彼の車に乗り込みました。

あ、なるほど~!
隣で食べてた人たちか!

たぶん、彼らを元々乗せていて、彼らがお茶するのに付き合って、
ニコラスも待っていたのでしょう。

まさかね、ひとりでこんなところでランチするわけないよね。
納得。

ニコラスは最も信頼できるタクシードライバーのひとり。
JICA事務所のすぐ近く(そして我が住まいのすぐ近く)の
Longacres(ロングエーカーズ)というところを拠点にしていて、
ルサカ隊員の家で知らないところはないし、
JICA職員や所長までもが使っているドライバー。

呼び出すとまあまあ遅れずに来るし、
値段をふっかけないし(というかかなり安い値段で行ってくれる)、
空港送迎など前々から言っておいても忘れないし、
むしろリマインドSMSくれるし、何かあるとすぐSMSくれる。
夜になると別人か?ってくらい不機嫌になるのが玉に瑕ですが。

ん、ちょっと褒めすぎたか。
もちろん変な言い訳されたり、5分の距離を30分以上待たされたり、
ニコラスに怒ったこともあります。

みんなが使ってるから隊員のことにもおそらく一番詳しくて、
ニコラスから他の人の話を聞くこともしばしば。
誰は今どこにいるとか、現所長の任期が長いのはなぜか、など。笑

ザンビアに来て間もない頃、
どこかに出かけるためにチャールズという別のドライバーを家に呼んだら、
しばらくして家をノックする音がして、出てみるとニコラスが立っていて、
満面の笑みでLet's go eat nshima!と言われたことがありました。
チャールズが、自分が行けなくなって代わりにニコラスを寄越したのでした。
あのときのニコラス、かわいかったなぁ。
家に着くと、門の前から「着いたよ」とお知らせ電話をくれるのが普通です。

ニコラスとはどこかでばったり会うことが多くて、
私がチャリに乗っている姿も何度見られたことか。
プップーとクラクションを鳴らされて、
振り返ったらニコラスの車だったということが結構ありました。

あるときは、マンダヒルのSHOPRITEの前でばったり。
そのときもニコラスのほうが私に気づいて、Ritsuko!と声をかけられました。
ニコラスは2歳の自慢の息子を抱いていて、うれしそうに私に紹介してくれました。
子どもいるんだ~とそのとき初めて知った私。
ニコラスはたしか36歳前後。
ひとり息子(違うかな?そう勝手に思ってたけど)を超かわいがっていました。

しかし、神様は不公平なもの。
あれはたしか2011年の6月、夜になってどこか外から家に帰ろうとしたある日、
いつものようにニコラスに電話したら、いつもと違う声。
何かと思えば、My son has passed away today.(息子が死んだよ)と。
思わず言葉を失ってしまいました。
Sorry, sorry, I'm very sorry.としか言えずに電話を切りました。
病気だったとしか聞いていませんが、これがザンビアの現実。
彼はその後1週間くらい休んだあとに、タクシー業に復帰しました。

1か月くらい前から、日曜のフットサルの練習にも来るようになって、
超人的な(といってもザンビア人にとっては普通ですが)脚の細さを
日本人に見せつけてくれています。
フットサルの練習は毎回、ウォームアップ、パスやシュートの練習をしたあと、
1時間くらいは5~6人ずつのチームに分かれて5分間の試合をひたすらします。
同じチームになると、Ritsuko! Ritsuko!と呼んでくれて(ボールちょうだいアピール)、
それが密かにうれしかったり。
へへ、私ちゃんとニコラスに名前覚えてもらってるんだぜ、みたいな。
ニコラスには私の名前のスペルを教えたこともないけど、
耳から聞いただけでちゃんときれいに発音してくれるのです。

隊員通でおしゃべり好きなニコラス、
これからもオンタイム&良心的プライスでよろしくね。
帰る前にニコラスと写真撮らなきゃな。
スポンサーサイト
2012.02.28 Tue l 日記 l top
s-DSC08254.jpg

ぼくの名前は、ウィリー。
フルネームはフリー・ウィリーだけど、リツコはいつも、ぼくのことをウィリーって呼ぶ。

2年前の4月末にリツコに引き取られて、それから毎日働いた。
平均して、1日だいたい14km走った。

はじめてドミからリツコの家に行くときに早速足がもげちゃったり、
うっかり釘を踏んで空気が抜けちゃって、
1時間半かけてリツコに押して連れ帰ってもらったり、
その次の日にまた釘を踏んじゃったり、
腰が抜けてまったく動けなくなっちゃったり、
雨の日に泥をはねまくってリツコを泥だらけにしたり、
何度も泥除けを落としちゃったり、
思い返すと、いろいろあったなぁ。

平日毎日通ったKabulonga RoadからIbexまで行く道は思い出深いなぁ。
最後の上り坂、リツコはほとんどいつも疲れて降りてたなぁ。
ぼくはいつもがんばる気満々だったのに。

CrossroadsやWoodlandsへもしょっちゅう行ったし、
Manda HillやArcadesやドミにもよく行った。
Munaliまでも何度か行ったし、
Kalikilikiを抜けてNRDCに行ったこともあったな。
あのときは帰りにGreat Eastを通って帰ってきて、ルサカを1周した気分だった。

タウンにも一度だけ行ったっけ。
タウンはみんながぼくをじろじろ見てきて怖かったな。

走りやすくて気持ちよかったのは、
Kasangula Road、Thabo Mbeki Road、それとLeopards Hillかなぁ。

車のトランクに乗せられて運ばれることも結構あって、
そうするとそのたびに調子が悪くなった。
最近はリツコもそれに気づいてくれたのか、
車に乗せられることはほとんどなくなった。

天気のいい日には、ぼくの体に蜘蛛が糸を張ることもよくあって、
それをリツコはすごく嫌がって、わざわざ木の枝を拾ってきてそれで取ってたな。

リツコは一度だけ、ぼくの体をぜーんぶきれいに洗ってくれた。
すっごく気持ちよかった。生まれ変わった気分だった。
でも、あの一度だけだったなぁ。。。
最近またかなり汚れてきたから、また洗ってほしいなぁ。。。

この前、久々にリツコとちょっと遠出したんだけど、
それ以来ちょっと調子が悪くて、今日、脱臼しちゃった。

ほら。

s-DSC08821.jpg

どっかにネジを落としてきちゃったみたい。
明日朝一番でお医者さんに連れてってもらわなきゃ。

リツコと過ごす時間もあと3週間。
そのあとは、別の人のところに引き取られるんだって。
その人のところでは、毎日走るってわけじゃなくて、のんびり過ごせるみたい。
どんな暮らしになるのかな。

*

骨身を惜しまず2年間よく働いてくれて、ウィリー、ありがとう。
君がいなかったら、私のルサカ生活はどうなっていただろう。
新しい人のところでは、ゆっくり休めると思うよ。
あんまりトラブルを起こさないで、働くときはよく働いて、
これからも可愛がってもらってね。
2012.02.28 Tue l 日記 l top
週末、かねてからやりたいと思っていたことを、ついに決行しました。
それは、自転車でのプチ遠出(または本気の遠出)。

Adventure City, Munda Wanga, Sandy's Creationなど、
個人的には候補地がいくつかありましたが、
結局、8か月前に帰国してしまった、チャリ仲間でKabulonga仲間のよしくんと
「行こう」と言っていたけど実現できなかった、Adventure Cityを目的地に設定。

このときの計算によれば、CrossroadsからAdventure Cityまで約6.8km。
毎日走っている自宅から配属先までが6.6kmで、
おそらく自宅からCrossroadsまでもほぼ同じ距離なので、
単純に毎日走っている距離の倍。余裕。

ちなみに同期隊員は、ドミ近くの自宅からAdventure Cityまで、
何を思ったか、走って行ってしまったことがあるとのこと。
それを考えても、余裕。

Adventure Cityにはバーベキュー設備があって、
炭と食材を持っていけばバーベキューができるので、
チャリ隊及びタクシー隊を募って、みんなで行くことにしました。

当日、結局チャリ組は2人となり(当初予定では5人いた)、
Crossroadsでタクシー組と待ち合わせて買い出しして、
「じゃあ、現地で」と別れてタクシー組と別々に出発。

Crossroadsからは、ひたすらLeopards Hill Roadをまっすぐ行くだけ。
Bauleniまでは舗装路に車以外が通る余裕がなくて、
舗装されてない脇のガタガタ道を行きましたが、
Bauleniから先は、舗装路の脇にちょうど自転車が通れる幅の余裕があって、
極めて快適でした。

Crossroadsから走り始めて20分、
高級ジム(Oxygymとかいう名前)の辺りに来たところで、
タクシー組から着信アリ。

先に到着した彼らが言うには、
なんと、Adventure Cityが閉まっているとのこと!
1月から8月までは閉まっているんですって。
シーズンオフがあるなんて、考えもしなかった。

というわけで、彼らは大量の肉とビールを抱えたまま、
とりあえず近くにあるキリマンジャロ・カフェで落ち合うことに。
これに書きましたが、キリマンジャロ・カフェは、
かつてマンダヒルの中にあったけど、こんな郊外に移ってしまったのです。
もう来られるとは思ってなかったから、これはこれでよかった!

そういういわけで、
結果的に休日サイクリングの最終地はキリマンジャロ・カフェとなりました。
Adventure Cityはすぐ先だったとのこと。
せっかくだから目的地まで行きたかったなぁ。

その後、シニア隊員のお宅に場所を変えてバーベキュー。
彼のお宅はドミの近くで、
キリマンジャロ・カフェから1時間くらいで着きました。

おそらくこの日の総走行距離は25kmくらい。
やる気満々で行ったせいか、全然疲れなかったし、なんだか消化不良。
これくらいならまだまだ行けるじゃん、と思えました。
25kmだったら、用事があっていろいろ回ってたら、
それくらい行ってしまったってことも何度かあるし。

帰るまでに、もうちょっと遠出しようかなぁともくろんでいます。
Bauleniより先は、ほんと走りやすかった。
サイクリングにおすすめです。
2012.02.26 Sun l 日記 l top
今日、久々にシャワマが食べたくなって、
カブロンガのレバノンレストランに買いに行きました。

カウンターには既に注文済のシャワマを待つザンビア人男性が数人。
彼らをかきわけてチキンシャワマひとつ、と注文すると、
男性のひとりがうしろから声をかけてきました。推定30代。

Are you Japanese or Chinese?

いつものようにぶっきらぼうにジャパニーズだよと答えると、、、

男:モシモシ~!シメマセ~!

私:はいはい、いらっしゃいませ、ね。

男:オレ日本に行ったことアルよ~!
カンサイにいたよ。キョウトにも行ったよ。
あとフクロイ?フクロシ?にも!


私:(どこだよ、それ。)あっそう、どれくらいいたの?

男:えーと、50日くらい?

私:ふーん、スシは食べた?

男:食べたよ!おいしかった!でも日本は物価が高くて・・・

私:そうだねぇ、高いよねぇ。

男:最初はいいホテル泊まってたけど、仕事が長引くにつれて、
どんどん安いホテルに変えていって・・・


と、シャワマを待つ間、適当に会話を交わしました。
よくわからなかったんですが、オークションがどうのとか、
予定がずれて滞在が長引いてとか言ってたので、
中古車のディーラーか何かでしょうか。

私:日本楽しかった?

男:うん、楽しかったよ。
でも日本人はオレを見ると怖がってた。
日本は楽しかったけど、女のコができなくて、そのまま帰ってきたよ・・・。
しょうがないから、風俗に連れてってもらったんだけど、
日本って、分単位でお金取るんだね!
女のコがタイマーセットして、15分で部屋を追い出されて、
足りなかったらまた部屋に行かなきゃいけないんだ。それでまた15分。


いや~、そんなこと全っ然聞きたくありませんけど!
なんでわざわざ私にそんな話をするんだ、君は。

こんな雑談をしているうちに彼らの注文したシャワマ4つが先に出てきて、
彼らがついでに飲み物を買おうとしたときに、聞かれました。

Can I buy you a drink?

トラブルを避けてこういうことには滅多に乗らない私ですが、
この人お金には困ってなさそうだし、
日本人と話せて機嫌がよくなっただけだろうし、
まぁ大丈夫だろうと踏んで、お言葉に甘えてみました。

見知らぬザンビア人にジュースおごってもらったの、初めて。
せっかくだから、ファンタやコーラではなく、
スラーピー(これザンビアだとなんて呼ぶの?)にしてみました。

s-RIMG7127.jpg
記念に無駄に写真を撮ってみた。飲みかけ。

これ、意外においしい!
おじちゃん、ありがとう。

それから、飲み物が全部出てくるまでまだしばらくあり、
そのとき突如聞かれたのが・・・

Are you Japanese or American?

え、なんでアメリカン???
どういうこと?英語しゃべってるから???
ていうか、最初にジャパニーズって言わなかったっけ?と思いながらも、
ジャパニーズだよと答えると・・・

男:大使館で働いてるの?

私:いや、JICAだよ。

男:ああ、JICAね。ZESCOのプロジェクト?

ZESCOのプロジェクトって有名なのか?
この人がたまたまそれに関わってるのか?

私:いや、違うよ。カリキリキで働いてるよ。

男:カリキリキ?オレ、カリキリキに住んでるよ!
モシロードわかる??具体的に言うと、カリキリキのどこ?


まじかよ・・・!
モシロードって配属先のある道じゃん!
ていうか、え、じゃあ、あの数軒ある金持ちっぽい家のどれかってこと?
しょうがないので観念して・・・

私:いや、そこにあるNGO知らない?チンガングさんち。

男:うーん、知らないなぁ。。

よかったぁ。
心の中でほっとため息。

男:ケータイ持ってる?

出た。
とっさに肩からかけてたケータイ袋を見えないように隠して、
ここは常套手段。

私:持ってないよ。
JICA貸与のはあるけど、JICAのだから、
番号は人に教えちゃいけないことになってる。
(ウソです)

男:じゃあ、オレの番号あげるよ!

私:はいはい、ありがとう。

こうして彼らは、ドリンクを受け取り、さらっと去っていきました。
さらっと去ってくれてよかった。

これが一度きりなら、こんなのもおもしろいなと思えた今日でした。
まぁ、電話番号が書かれた紙はゴミ箱へ直行ですが。

あとは、帰るまでにもう彼と出会わないこと祈る。。。

でもカブロンガなんて毎日行ってるし、
なんてったって配属先のすぐそこに住んでるっぽいし、
会う可能性は結構ある気がする。

まぁ私は顔覚えてませんが。
帰国間際でよかったな。
2012.02.23 Thu l 日記 l top
ザンビアで日本人が髪を切りたい場合には・・・

①自分で切る
②友人に切ってもらう
③美容院に行く

こんな選択肢があります。
多くの途上国で同じでしょうが、隊員はたいてい①か②です。
③はリスクがかなり高いですが、
大きなショッピングモールにある美容院でチャレンジした隊員もいます。

隊員が80人以上もいると、
髪を切るのが得意な隊員が1人や2人はいるもので、
ザンビアにももはやカリスマ美容師並みに人気の隊員がいます。

散髪場所は、ルサカの場合、ドミの庭。
洗濯物のシーツをカバー代わりにして、
誰かに鏡を持ってもらって、切ってもらいます。

私はこれまで3回髪を切ってもらいました。
3回目は、ついこの前の土曜日。
きれいに髪をすいてもらって、すっきり。

残り2か月は、日本でまたきれいに整えてもらうために、伸ばします。
まんぷく隊長とおてつどん、今までありがとう。
2012.01.16 Mon l 日記 l top
今日、JICA事務所に行きました。
ピジョンボックス(郵便物やJICAからの配布物が届く個人の棚)で見つけたもの、
それは…

s-RIMG7063.jpg

じゃじゃーん!

帰国時ハンドブック!!!

任期残り3か月半。
ついに来ました、帰国手続きのお知らせ!

ひゃっほう!
3月、4月に帰国するみなさん、
ハンドブックがピジョンボックスに入ってますよ~!

それと同時に、帰国手続きに関するご案内メールも来ました。

早速1週間半後に締切が来る「進路希望調査票」に始まり、
「ファイナルレポート」「帰国報告要旨」「引継チェックリスト」など、
提出書類がいっぱい。

銀行口座解約、住居賃貸契約解約、貸与物品返却、住血吸虫検査など、
やることもいっぱい。

これで一気に帰国モード。
ハンドブック、熟読しないとな。
2011.12.07 Wed l 日記 l top
任期が2年間の協力隊員(長期)の派遣は年に4回(短期もあるのです)。
派遣の時期によって「隊次」が決まっていて、
私の場合、平成21年度の第4回目の派遣なので、21年度4次隊。
「21の4」とか「214」とか言うのが、隊員間の共通語。

23年11月現在の現役隊員は21-3から23-2。
(ただしザンビアには23-2がいないので、21-3から23-1。)

ザンビアでは、
帰国前に「住血吸虫(じゅうけつきゅうちゅう)」の検査というものがあって、
そのためにみんな帰国1か月前に首都ルサカに一度上がらなければなりません。
住血吸虫については別の記事でいつか改めて詳しくご説明するとして、
最近、そういうわけで21-3次隊のみんなが続々とルサカにやってきています。

で、昨日今日と2日連続、21-3の3~4人とご飯。
任期残り1か月ちょっとの21-3が3~4人に、任期残り4か月の21-4が2人。

となれば、帰国の話で盛り上がるのは当然。

「帰ったらすぐにスマホを買う!iPhoneを買う!」と言う21-3の3人。
ていうかスマホってスマートホン?スマートフォン?あれ、スマフォ?
携帯ショップ行って「『スマフォ』ください!」って言わないと、とか、
ていうか帰国して公用パスポートすぐ回収されて住民票もなくて免許も失効してて、
どうやってケータイ買える??とか、まぁそんな話を延々とするわけです。

その中であいあいが言ったことがおかしくて。

任期中に一度日本に帰国したあいあい。
そのとき日本の友人と飲んだら、みんなスマホを持っていたそうで、
あいあいひとり、スマホでの写真の撮り方がわからず、ついていけず。
いわく、「みんな近未来を持っていた。ひとりひとり近未来を持っていた。」

私がザンビアに来る前は、iPhoneを持っていた人はごくわずか。
iPhone以外のスマホなんて出回ってませんでした。
というか、「スマホ」なんて言葉ありませんでした。

「○○なう」という言い方が出てきたのも、私がザンビアに来てから。
初めて聞いたときは、信じられませんでした。

「ガラケー」という言葉も今日初めて知りました。衝撃。

いやあ、日本に帰ったらいったいどんな近未来が待っているんだろう。
とりあえずスカイツリーでも見に行くか。

と、残り4か月を切り、帰国が近い雰囲気を出してみる私。
任期の6分の5を終えたと思うと、頭は相当な帰国モードになるものです。
あと4か月!待ってろ、近未来!
2011.11.25 Fri l 日記 l top
ちょっと前に、お腹が不調だと書きました。
この時点で「ここんとこずっとお腹が不調」と書いていますが、
それから3週間経っても、たまに下痢になったりわりとよくお腹が痛くなったりと、
あんまり調子がよくないまま。
「虫でもいるんじゃないの?」「病院行ったほうがいいよ」と何度も隊員仲間に言われ、
ついに重い腰を上げて病院に行って検査してもらってきました。

午前中に用事があり、午後一番の14時に行ったのですが、
朝の便はその時点で既に「フレッシュではない」そうで、
正確な検査はできないかも、と言われました。

それでもとりあえず検査してもらったら、、、
なんと、バクテリアが検出されました。
抗生物質もらってきました。
食べた物または飲んだ水か何かが悪くて感染したのでしょう、とのこと。
思い当たる節は特にないのですが、ま、きっと悪いものでも食べたのでしょう。
検査してもらってよかった。

しかし病院って落ち着かない。
いつ呼ばれるかわからないし、
呼ばれてどこに行けばいいのかとっさにわからなかったりするし、
知らないお医者さんに症状を説明しなきゃいけないのが緊張するし、
自然に振る舞えない。
とにかく病院は嫌い。

そんなわけで、よく頑張って病院行ってきたと、自分で自分を褒めたい。

出されたお薬は、①Cifran CTと②Flora Normという2つ。
①はシプロフロキサシン(Ciprofloxacin)とチニダゾール(Tinidazole)という成分で、
②はサッカロミセス・ブラウディ(Saccharomyces boulardii)という酵母らしい。
どれも難しい名前だ。
①は抗生物質、②は整腸剤のようです。

学んだこともありました。

・ザンビアの病院では、とりあえずまず血圧、体重、体温を測られる。
(ちなみに私、体温計34.4℃って出て、看護婦さんそれをそのまま写してたけど、
絶対にそんなはずがない・・・)
・ザンビアの病院では、薬局が併設されていてその場で薬をもらえる。
・「培養する」ことを「culture」と言う。
・粉末状の薬の1袋のことを「sachet」と言う。

診てもらった先生はインド系っぽい方でしたが、
ザンビア人の発音っぽくculture「カウチャ」と言われたときには、何のことだかわからず。
フレッシュな便をカルチャーに出して2日間かけてどうのこうの・・・と説明され、
あ、培養か?と、家に帰って辞書を見たらその通りでした。
なんで「文化」とかって意味と「培養する」って意味が一緒なんでしょう。

…と思ったら、調べてみればいいわけか。
はい、調べてみました。
三省堂のウェブサイト上の「見なおし単語帳」というコーナーにありました。

cultureの語源はラテン語colere「耕作する」です。
この語源のイメージから、対象が作物であれば「栽培」、魚や貝などであれば「養殖」、
細菌であれば「培養」、人であれば「修練」、社会であれば「文化」という意味になるのですね。
http://tb.sanseido.co.jp/english/tangochou/20090427.html


だそうです。
へぇ~。

勉強になりました。
お腹は抗生物質飲んで治します。
みなさま、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。
せっかく痩せたんだけど、細菌やっつけたら体重戻っちゃうかなぁ。。。
2011.11.06 Sun l 日記 l top
昨日、寝る間際にお風呂場で手を洗おうとしたら、
ふと、大量(20匹くらい)のちっこい黒アリたちが。

思わずゴキブリ退治用のスプレーで撃退。

ああ、みんな殺してしまった。

ごめんなさい。
ごめんなさい。

どうか成仏してね。

そして今さっき、台所の流しに、小さいカマキリみたいな脚の長い謎の虫が。

つい、水をザーッと流してかけまくって、排水とともに流してしまった。

ごめんなさい。

ザンビアに来てから、私、いったいどれだけの虫を殺しているんだろう。
どうかみなさま怨念など持っていらっしゃいませんように。
2011.10.28 Fri l 日記 l top
先月末にルサカ仲間のよしくんが帰国し、
なんと私、ルサカ隊員の中で最南端在住になりました。
うち、全然そんなに「南!」って感じじゃないんですが。

配属先も、うちから東に行くことチャリで30分、
このあたりの人は他に誰もなし。

KabulongaとかWoodlands近辺を日常生活圏にする人が
私以外に隊員で誰もいなくなってしまったよ~
さみしいよ~

JICA職員や大使館関係者は、
こっちのほうにお住まいの方がたくさんいらっしゃるのですが。

Kabulongaの話ができる人がいなくなってしまって、
さみしい限りです。

サブウェイできたね!!」
「おしゃれカフェできたね!!」
「レバノンレストランできたね!!あそこのシャワマ食べた?!」

と、新しいお店ができるたびに情報交換してました。

KabulongaもCrossroadsもすごく便利なところで、
両替所はあるしスタチャはあるしもちろんスーパーマーケットはあるし、
薬局も本屋もカフェもあって、ここですべて事足りるのです。

だから、ドミに行ったりはしているけど、
私の生活圏は、あくまでこっちのほう。ルサカ南東部。
通勤帰りにこれらのショッピングセンターに寄れるから、
ロングエーカーズすらまず行きません。

ああ、ほんと、さみしいな~。
みんなKabulongaやWoodlandsにおいで!
2011.10.10 Mon l 日記 l top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。