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ルサカからGreat North Roadを北上すると、●Milesという地名が始まります。
最初は6 Miles, 次がどうやら9 Miles, そして10 Miles。
どの地も、ほんのわずか民家があったり、それすら見えなかったり、
基本的には何もないところ。
さらに12 Miles, 13 Milesと来て、15 Milesに着くと、小さな商店が何軒かあります。

その15 Milesを右に折れ、舗装されていない悪路をひたすら行くと、
森のようになっている広場があります。
そこには家が何軒か立ち並び、子どもたちのための遊具もあります。
このあたり一帯の地域のことをKatuba(カトゥバ)と呼びます。

このカトゥバに、かつて3人の隊員が住んでいました。

そのうちのひとりが、17年度3次隊だった大多和瞳さん。
「家政」という職種の方でした。

大多和さんは、任期残り半年となった2007年10月、26歳のとき、
突然の病に倒れ、亡くなられました。

私は、ご縁があって、今から2年半ほど前にザンビア派遣が決まったときに、
この大多和さんを偲んで作成されたスライドショーをいただきました。

私の「ザンビア」に対する初めての印象は、すべてこのスライドショーによるものでした。

ゴミを燃やす火の上で料理をしたり、鶏を自分の手で絞めてさばいたりと、
水道も電気も通っていない村での生活を楽しむ大多和さん。
家じゅうを飛び回る大量の羽アリ。
信じられないくらいでべその赤ちゃん。

へぇ、これが隊員の生活かぁ。私もこんな生活になるのかな?!
と、まだ見ぬ遠きザンビアに思いを馳せたものです。

あれから2年半。

大多和さんの赴任していた時期から5年ほどが経っていること、
そしてルサカという首都に住んでいることから、
私の生活環境は大多和さんのそれとは大きく違うものとなりました。

それでも、同じザンビアの地で、同じ協力隊員として活動して、
ようやく任期終了間際まで来ました。

まだ「無事に終えることができた」と言うには早すぎるし、
まだ何があるかわかりませんが、
ひとまずここまで来られたことを、昨日、大多和さんにご報告しに行ってきました。

幸い、かつて大多和さんが出張授業をしていたカトゥバ近くの学校に、
現在、理数科教師隊員が入っているので、彼に案内役をお願いしました。
(その学校と学校の敷地内の彼の住居は12 Milesです。)

ルサカからタクシーで行くと、1時間もかからないほどすぐそこ。
でもそこは、現在ザンビアにいるどの隊員が住んでいるところよりも、奥深い「村」。
幹線道路に出るだけでも、車がなければ非常に大変で、
大多和さんやほかの2名の隊員は、そのため、バイクを貸与されていたそうです。

私は、赴任してすぐの2010年5月22日に、
JICA事務所が毎年行っている物故者の墓参に参加し、
そこで初めてカトゥバを訪れました。

s-RIMG2084.jpg   s-RIMG2075.jpg

スライドショーで見ていた景色が目の前に広がっていることに、
胸がいっぱいになりました。

s-RIMG2077.jpg

なんと、おそらく大多和さんが日本から持ってきていたのであろう、
「おしゃれ工房」の破れたページも広場の隅に落ちていました。

s-RIMG2069.jpg

大多和さんのメインの活動であった裁縫教室に残されたお金で作られた、
広場の遊具では、子どもたちが元気に遊んでいました。

大多和さんと他の2名の隊員の配属先であった団体は、その地から撤退してしまっており、
大多和さん方が住んでいた家には、地元のザンビア人が暮らしている様子でした。

それから約1年10か月ぶりの再訪。
カトゥバは、以前来たときのままでした。

s-DSC08832.jpg

広場では地元の人々がくつろぎ、
大多和さんが住んでいた家には、盛大に洗濯物が干してありました。

s-DSC08830.jpg

この記念碑には玉石が敷き詰められていたそうなのですが、
きれいな石を物珍しがって、おそらく子どもたちが持って行ってしまったのでしょう。
到着してから、碑をきれいにできる掃除用具を持ってくればよかったと後悔しました。
当初バスで行く予定だったので、そこまで思い至りませんでした。
きれいに磨きたかった。ごめんなさい。
小枝などを手でよけることしかできませんでした。

スライドショーに出てきたそのままの「雨季カトゥバ」の風景、
近くにある唯一のお店、そして碑を前にして、また胸がいっぱいになりました。

大多和さん、今もあの広場は地元の人たちの憩いの場となっています。
遊具で子どもたちが元気に遊んでいます。
それから、Moomba Basic Schoolには理科実験室が建てられ、
現在、隊員がそこで授業を行っています。

s-RIMG5139.jpg   s-RIMG5142 - コピー

壁には、大多和さんの写真が飾られています。

スライドショーを通して、私も素敵な思い出を分けてもらった一人です。
ありがとうございました。
ゆりこさんの言うとおり、大多和さんがカトゥバに咲かせた花は、
私たちが、いつまでも大事に育てていきますからね。
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2012.03.05 Mon l つぶやき l top
最近、とあるルサカ在住アメリカ人の人のブログを見つけました。

アメリカ人にとってのザンビアの印象を知ることができて
二重の異文化理解みたいな感覚だし、
いろいろなことに共感できるし、
文章がうまくておもしろいので、非常に読み応えがあります。

で、この前、夜な夜なその人の過去の記事を読み漁っていて、
やや衝撃的な内容を見つけてしまいました。

なんでもその人は、どこかの農場に見学に行ったらしくて、
鶏、七面鳥(!)を見て、次に出てきたのが・・・



ウサギ!

産まれてから食卓に上るまでにかかる期間は4か月、
1羽につき40,000クワチャで売れるそう。
取引先は中華レストラン。
確実に、どこかの中華レストランで、ウサギ肉が使われているはず!
とのこと!

わーお。

今まで中華レストランでメニューにウサギを見た人、いますか?!
いないよね?!
どこのレストランでどの料理に使われてるんだろな・・・
2012.02.29 Wed l つぶやき l top
s-DSCN7255.jpg

マンダヒルのSHOPRITE(南ア系スーパー)で、こんなものを見つけました。

日本人なら誰でもわかる、トンボのMONO消しゴムデザイン。
私が持っている本物はこちら↓

s-RIMG7107.jpg

あの消しゴム、ザンビア産かな?
パッケージの裏見てくりゃよかった。

しかしザンビア人は本物見たことないだろうし、
これがパクリだってわからないんだろうな。
2012.02.21 Tue l つぶやき l top
先日、同期3人でイタリアンレストランに行きました。
メニューにあったaubergineが何かわからなかった我ら3人。

ふと思い出して辞書を引いてみました。

イギリス英語で「ナス」のことでした。
知らなかった!

しかしそのときに笑ってしまったのが、これ。

s-RIMG7116.jpg

リーダーズ&リーダーズプラスで、
aubergineの項の次に出てくるのは、ひたすらナス料理の名前!

aubergines a la Duxelles ナスのデュクセル風(マッシュルーム詰め)
aubergines a la meuniere ナスのムニエル
aubergines a la Mireille ナスのミレイユ風(トマトソース味)
aubergines a la portugaise ナスのポルトガル風(トマトソース煮または詰め物をして焼いたもの)
aubergines en gigot ナスのオーブン焼き(ニンニク風味)
aubergines farcies ナスのファルシ(野菜・肉類・チーズなどを詰めて焼いたもの)
aubergines frites ナスのフライ

なんで?!
編集者がよっぽどナス料理好きだったのか。

一方のジーニアス英和大辞典は・・・

s-RIMG7119.jpg

まぁ、そうですよね。

ちなみに、ジーニアスだとaubergineの5つあとにauburnという語が出てきますが、
リーダーズ&リーダーズプラスだと24つあと!
違うもんですねぇ。

<リーダーズ>
(aubergines fritesの次から)
aubergiste 宿屋の主人
Aubert オーベール (1)Jacques aubert (2)Louis Aubert
Aubert-de-Fontenay オーベール-ドゥ-フォントネ館
Aubervilliers オベルヴィリエ
Aubigne ドービニェ Theodore-Agrippa d'Aubigne
Aubisque col d'Aubisque オービスク峠
Aublet オーブレー Lean-Baptiste-Christophe-Fusee Aublet
au bleu クールブイヨンで調理した
au bout de son latin ラテン語の知識が尽きて;種が切れて;行き詰まって
Aubrac オーブラック
Aubray オーブレ Marie-Madeleine-d'Aubray, Hotel d'Aubray
aubretia →aubrietia
Aubrey オーブリー(男子名)、John Aubrey
Aubrey Brocklehurst オーブリー・ブロックルハースト
Aubrey hole オーブリー ホール
aubrietia,-ta ムラサキナズナ属の多年草
auburn とび色(の)、赤褐色(の)

<ジーニアス>
aubergine なす、なす紺(色)、なす紺色のドレス
Aubert de Gaspe オーベール=ドゥ=ガスプ
Aubervilliers オーベルビリエ
Aubrey オーブリー 1 John Aubrey, 2 男の名
aubrietia, aubre-, aubrieta ムラサキナズナ、オーブリエチア
auburn 赤褐色(の)、黄褐色(の)

でも決してジーニアスのほうがしょぼいわけではなく、
それぞれに違いがあって、おもしろい。
そんなわけで私は何か語を調べるとき、
たいていリーダーズとジーニアスと両方チェックします。

私の使っている電子辞書は、CASIOのEX-word XD-H9200。
・広辞苑(第5版)(岩波書店)
・マイペディア(電子辞書版)
・リーダーズ英和辞典(第2版)、リーダーズ・プラス(研究社)
・ジーニアス英和大辞典(大修館書店)
・Oxford Dictionary of English (Oxford University Press 2003)
・Oxford Advanced Learner's Dictionary (Oxford University Press 2000)
・漢字源(学研)
・ジーニアス和英辞典(第2版)(大修館書店)
・New Oxford Thesaurus of English (Oxford University Press 2000)
・英会話とっさのひとこと辞典(DHC)

広辞苑、マイペディア、リーダーズ、ジーニアス英和大は便利!
かれこれ10年愛用しています。

ちなみに、ODEでは、aubergineから4つあとがauburn。

<ODE>
aubergine
aubretia
Aubrey
auburn

そしてOALでは、aubergineの次がauburn。

電子辞書が出始めた頃、
「語学の学習をするなら紙を使うべし。電子辞書なんて!」
というような論説をどこかで読んだことがありますが、
こうやって複数の辞書を見比べられるのは電子辞書の利点ですね。
2012.02.20 Mon l つぶやき l top
この記事(「雨にぬれても」)を読んだ滝さんからSMSが届きました。
「rain drop... no ongen mottemaska?」

そう言われて思い返してみると、
この曲の音源は、今ザンビアに持ってきていないだけでなく、
そもそも持っていたことがない。

はて、では私はどうやってこの曲を歌詞までばっちり覚えたのだろう・・・
と記憶をたどって、行き当たった。

私、超アナログなラジオ付きカセットレコーダーで、
タイミングをうまく見計らって赤い録音ボタンをガチャンと押して、
頑張ってカセットテープに録音してたわ。
そしてそれを編集して、世界にひとつだけの
「基礎英語2」Sing alongコーナーの曲を集めたテープを作ってたわ。
それで、「基礎英語2」のテキスト見ながら一生懸命歌ってた。

いや~懐かしすぎる。信じられない。
ラジオをテープに録音とか、してたんだなぁ、私。

今もあれ実家にあるかな。
さすがに捨てたかな。

*

録音メディアは、カセットテープ、CD、MDといろいろ出てきた末に、
今や実態のないデータだけの入手が可能な時代に。
私はやっぱりCDが一番好きだなぁ。

CDを手に持って歌詞カードを見ながらじっくり音楽を聴くと、
何も持たずにただなんとなく音楽を聴くよりも、
よっぽど音楽を大事にできるなと、
ふとこの前スピッツを聴きながら反省したのでした。

CDで持ってるアルバムはどれもこれも聴き込んでいたけど、
データでしか持っていないアルバムは、何度聴いてもろくに曲名も覚えられない。
擦り切れるほど(擦り切れるものもないけど・・・)聴いているはずなのに。

日本に帰ったら、CDで音楽を聴こう。
2012.02.09 Thu l つぶやき l top
♪Raindrops keep fallin' on my head
And just like the guy whose feet are too big for his bed
Nothin' seems to fit
Those raindrops keep falling on my head, they keep fallin'♪

と、歌っている余裕もない大雨に打たれ、びしょ濡れになって帰ってきました。
あー、久しぶり。
ここまで濡れたのは、今季初だな。

配属先を出るとき、ちょっと雲行きが怪しいかな~と思いながら、
どこにも寄らずに帰ろうとカブロンガを過ぎ、
ラウンドアバウトに来たところでやられました。

その場で傘をさしながら止むまで待とうかちょっと迷ったけど、
それもめんどくさいと思って、突進。
結果、びしょびしょ。
ジーパン、重くて冷たい。
傘もあんまり意味をなさず、Tシャツもびしょびしょ。

帰ってきてジーパン手洗いしてシャワーも浴びて、
もう今日は家から出ない!と決めたら、
シャワーから出たときにはすっかり空が晴れ上がっていた・・・。
ちょうど自分が帰宅中だった1時間そこらだけのどしゃ降り。

かー、悔しい!
なんか、ものすごい悔しい!

*

「雨にぬれても」の歌を初めて知ったのは、NHKのラジオ講座「基礎英語2」でした。
94年か95年、「ブライアンとマイ」の基礎英語2、
あまりに楽しくて、17年(!)経った今でも、
毎回流れる冒頭部分を覚えているほど。
堅苦しいNHKのラジオ講座の中では異色の番組で、とにかく楽しかった!
この番組のおかげで、英語がもっと好きになった。

他にもいろんな「基礎英語」を聴いたはずだけど、覚えているのはこれだけ。
あとは、遠山顕さんの「英会話入門」。
こっちもオープニングよく覚えてるなぁ。

ブライアンとマイの基礎英語2では、
毎週土曜に「Sing Along!」というコーナーがあって、
そこでいろんな歌が紹介されました。

カーペンターズのSing!
スティービー・ワンダーのI Just Called to Say I Love You
デビー・ブーン(だっけ?)のYou Light Up My Life
ユーミンの曲がカバーされたChuo Freeway
などなど・・・

そして、「雨にぬれても」。

今、まあまあ許されるであろう英語っぽい発音ができるのは、
この頃(小学校高学年の頃)から英語の歌を聴いて、
ともかく真似して歌っていたからだと思います。
父に借りたビートルズのCDもよく聴いて、
訳も分からずただ歌詞カード見ながら一生懸命歌っていた。

いいタイミングでいい教材に出会うって、大事。
津田英語会もそうだけど、
「基礎英語2」と「英会話入門」も、ほんとにあのとき出会えてよかった。

「明日に向って撃て!」を見たのはだいぶあとになってから。
学生のときだったか。
もうストーリー完全に忘れてしまった。
日本に帰ったらもう一度見よう。
2012.02.07 Tue l つぶやき l top
最近気づいたこと。
お隣の国、マラウィについて。

今までずっと「マラウィ」って書いてきたけど、
よくよくいろんなものを見ると、どれもこれも、
小さい「ィ」じゃなくて、大きい「イ」で「マラウイ」って書いてある!

たしかに、パソコンで「まらうぃ」で変換しようとすると、
「マラ」と「ウィ」に分かれて変換されるけど、
「まらうい」で変換すると、「マラウイ」と一語となる上に、
「英語に変換」までできる!

なんと・・・
知らなかった・・・

あれですね、Canonが「キャノン」じゃなくて「キヤノン」なのと同じ。
あ、でもCanonの場合、「きゃのん」でも「きやのん」でも英語に変換できる!
さすが世界のキヤノン。

・・・と思ったら、「きゃのん」の英語変換は「cannon」だった!
「Canon」ではなかった!

いやー、IMEって変なところで正確にできてるんだな・・・

でも、発音の近さで言ったら、絶対「マラウィ」ですよね?
2012.01.27 Fri l つぶやき l top
こっちのプリペイド式携帯電話にお金をチャージするためのカード、
「talktime(トークタイム)」には有効期限があります。

s-RIMG7086.jpg

たまーに有効期限の切れているものが売られていることがあるので、
買うときにはいつもこの有効期限を確認します。

私、実はこの期限が自分の帰国日を越えたとき、
密かにうれしかったのです。

それが今日買ったら、ご覧のとおり、期限は2013年。

早いもんだな。

ちなみにトークタイムと一緒に写っているのは、インターネット用のモデム。
これをパソコンに差してインターネットしています。
2012.01.25 Wed l つぶやき l top
s-DSC08345.jpg

新年あけましておめでとうございます。
2012年がついにやってきました。

スカイツリーが開業する年。
副都心線と東横線が直通する年。

・・・ではなく(いや、ではあるんですが)、

そう、帰国の年です!
残り2か月半となりました。
今日でぴったり残り10%!
全730日のうち、残り73日!
もう90%に達したなんて!
ひょえ~!

1月3日に21-3次隊が帰国して、
遂に最古参の現役隊次の隊員となりました。
こんな日が本当に来てしまったなんて、なんとも信じがたい。

さて、私はと言えば、年明け早々、
タンザニアで本場のサファリを味わい尽くしてきました。
(冒頭の写真が、そのときの一枚。)
サファリの話はまたいずれするとして、
とりあえず愚痴りたい昨日のできごと。

まず、サファリの拠点、アルーシャという町から、キリマンジャロ空港へ。
そこからナイロビのジョモ・ケニャッタ空港へ。
乗り継ぎ時間5時間を経て、ルサカのケネス・カウンダ空港へ。
という、丸一日移動の日だったのです。

その①
キリマンジャロ→ナイロビの機内で隣に座った男が、
1時間のフライト中にビールを5缶飲んだ。
周囲の人とスワヒリ語で会話していたその男、おそらくタンザニア人かケニア人。
とにかく次から次へとビールを頼むこと頼むこと。
着陸体勢になってテーブルをしまいなさいというアナウンスが入っても、
両手にコップと缶とを持って飲み続け、
しまいには飛行機を降りる寸前にもフライトアテンダント(男)に頼んで、
もう1缶くすねる始末。
アル中ですか?
タダで飲めるのがよっぽどうれしかったのか。
フライトアテンダントの人、そんなにビールを渡すのやめてくれませんか。
ありえん。無性に腹が立った。

その②
私が使っているケータイのSIMカードはインドのairtel社のもの。
Airtelはアフリカで15カ国くらいに展開していて、
ワン・ネットワークというサービスを提供している。
つまり、ザンビアのSIMがそのままタンザニアやケニアで使える!
というわけで、チャージしていたお金を使いきってしまったので、
タンザニアでトークタイムを買ってチャージしようとするも、なぜかできない。
諦めていたが、ナイロビの空港にairtelのカウンターがあったため、聞いてみる。
しかし聞けども聞けどもお姉ちゃんは要領を得ない答えを繰り返すばかり。
正しい番号を何度入力しても、
"invalid card number(無効な番号)"という表示が出るのに対して、
ネットワークの問題だから待っていれば直る、と言うばかり。
アル中のクソおやじに続き、ついてない。
食い下がってもどうにもならず。
無駄にエネルギー使った。

その③
ナイロビでのトランジットは5時間。
なぜかキリマンジャロ空港でルサカ行きのチケットを発券してもらえなかったため、
ナイロビに着いたらすぐに乗り継ぎカウンターへ。
と、そこで言われたことには・・・
「この便はもう満席ですので、キャンセル待ちに入れときます。」
「は?予約してますけど・・・???」
なんでもダブルブッキングだか前のキャンセル便の乗客が増えただかで、
とにかく私の席は確保できず。
その時点でビジネスクラスに7席の空きがあり、
エコノミー席の乗客の中になんかのメンバーシップのゴールド会員がいれば、
その人たちは自動的にビジネス席に繰り上げられ、
そうすると私の乗る余裕ができると。
で、私はスタンバイの4番目だと。
もし乗れなかったら、今夜はホテルに泊まってもらって、
明日のなるべく早い便を手配するから心配するなと。
それが確定するのは3時間後の20時。だから20時にまた来いと。
いや、心配とかそういう問題じゃなくて。
はぁ、ついてない。

と、さんざんな一日でした。
結局予定通りの便に乗ることができ、きのうのうちに帰ってきました。
もともと待ち時間が長かったこともあり、ぐったり疲れました。

唯一うれしかったのは、ナイロビの空港にケニアのスタバなるカフェがあって、
おいしいフラペチーノ(という商品名ではなかったけど)が飲めたこと。
(6ドルしたけど!!!)

s-DSC08495.jpg

さて、今朝になったら、
ザンビアとジンバブエの国境にあるバンジージャンプのロープが切れたという、
衝撃的なニュースが飛び込んできました。
なんでもロープが切れたのは12月31日。
私、12月27日にまさにこのバンジージャンプをやったんです。

s-DSC07258.jpg

なんとロープの切れる4日前!
おそろしや。
しかし知り合いの中には、当日やったという人も・・・!

いやー、よかった。
無事でよかった。

ロープの切れた女性も足を縛られたまま自力で岸に泳ぎ着いて生還。
ミラクルですね。
この方も無事でほんとよかった。

この事故のあとだったら私、100%やってないですね。
やっといてよかったというか、不思議な心境。。。

自宅を留守にしている間に多くの方からメールをいただきました。
グリーティングカードも2通届いていました。
首を長くして待っていた、母親と友人からの荷物もついに届きました。
ありがとうございます。
とってもうれしいです。

そんなこんなで本ブログ、本日より通常に戻ります。
本年もよろしくお願いいたします。
2012.01.09 Mon l つぶやき l top
呆れついでにもう一発。

11月28日付の定期連絡にて、JICA事務所から、
「配属先の住所を提出してください」という連絡が来ました。
様式が添付されていて、それに記入して送るだけ。
何の手間もありません。

私はこういうのは忘れないように極力その場でやるタイプなので、
翌29日の朝に提出。

そしたら昨日、12月12日付の定期連絡に書かれていたことには、
12月9日17時が締切だったにも関わらず、半数近くが未提出だと。

いや、普通に考えて、信じられない。
なんでこんなこともできないのですか、隊員のみなさん。
そんなに難しいことですか。

・ネット通信状況が悪くてつながらない

どんなに考えても思いつく理由はこれくらいですが、
半数近くがそんな状況だとは到底思えない。

出さない理由がわからない。本当にわからない。
忘れていただけ?
出したくない?
あ、そもそも定期連絡を読んでないのか?

みなさーん、我々、日本のみなさんの税金で暮らしてるんですよ!

JICAからの対応も「未提出の方は至急提出してください。」というだけ。
半数近くが未提出のこの状況、普通ですか?
慣れっこですか?
こんなもんですか?

「締切」というものが意味をなさないJICAボランティア業界。
これでよく組織として成り立っているものです。
いや、成り立っていないか。
きっと「組織」ではないのでしょう。
JICAとボランティアとの関係は。

人はなぜ締切を守れないのか。
深く考えてしまう。
2011.12.13 Tue l つぶやき l top
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