上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top
The sun will still shine tomorrow
So it's time for moving on
There's not a second for sorrow
Even though the moments gone
The puzzle has so many pieces
But you can't hide
'Cause life just keeps on living
And sooner or later you'll find

This is not the end
Your day is gonna come
This is not the end
You're not the only one
We all have our ups and all have our downs
That we have to find a way around
This is not the end

I know it's never easy
To pick yourself up again
Take a deep breath 'cause you know that
It's time to look ahead
With one foot in front of the other
That you can fly
Into a better tomorrow
And leave yesterday behind

This is not the end
Your day is gonna come
This is not the end
You're not the only one
We all have our ups and all have our downs
That we have to find a way around
This is not the end

Don't ever give up
It's just a start now

This is not the end
Your day is gonna come
This is not the end
You're not the only one
We all have our ups and all have our downs
That we have to find a way around
This is not the end


このブログを始めて、明日で丸5年になります。
つい先日、協力隊仲間と会ったときにも話したことですが、
ザンビアに行っていたのが2年間、帰国してからもうほぼ3年で、
帰国してからのほうが長い時が経っているのが信じられません。

結局、日本に帰ってきてからは、日本の時間の流れに抗えず、
流されに流されてここまで来ましたが、
「いつか」は(そう思っているだけでは)やって来ないことを自覚して、
ブログを終わりにしようと思います。

帰国してからもこのブログを続けていた主な理由は3つありました。
①アフリカの野生動物を紹介したい
②ザンビア(などの途上国)で暮らすときに気をつけることや役立つことを紹介したい
③ザンビアの現地の言葉のひとつであるニャンジャ語を紹介したい
参照

3年も経っても、帰国直後から何ひとつとして進んでいません。
ブログという形は諦めますが、
ライフワーク的にどこかでまとめられたらなとは思い続けています。

それから、5年前に何も分からずにブログを始めたとき、
よく知りもせずにこのFC2ブログというものを選びましたが、
これを続けたくなくなったというのもブログを辞める大きな理由です。
ブログ丸ごとどこかに移そうかとも思ったのですが、
ザンビアにいたときはそれなりに気合いを入れて書いていたので、
このままの形で残しておきたいという気持ちもあって、
お引っ越しも辞めました。

継続的に読んでくださっていたみなさんがどれくらいいたのか、
さっぱりわかりませんが、考えられるのは、
ザンビアに行くまで勤めていた会社でお世話になったみなさん、
帰国後に東京で働いたときにお世話になったみなさん、
ザンビア隊員の仲間たち及び21年度4次隊の仲間たち、
小学校、中学校、高校、大学の友人、
親戚のみなさん、
そして、私の親のお友だちのみなさん。

今までありがとうございました。
みなさんのこと、いつも念頭に置いて書いていました。

それから、検索などでたどり着いてこのブログにやってきた人も
少しはいるのかと思います。
何かのお役に立てたならば幸いです。

おそらくこの右の下のほうにあるメールフォームという機能は、
生き続けるはずなので、
メッセージなりなんなりもしあれば、どうぞお送りください。

これまで、実は意外とご連絡をいただいたことがあります。
キリマン登山のことで質問とか、
これから派遣予定の人から訓練所について質問とか、
マーケットの写真を使わせてほしいとか、
そうそう、そういえば、タモリ倶楽部に写真が使われたこともありました!
(カリバダムの写真でした。)

国際高校を目指している中学3年生のお子さんをお持ちのお母さんからも
ご連絡いただきました。
母校にはいろんな想いがありますが、
国際がなければ今の自分はないと言いきれるので、うれしかったです。
直接お返事していなくてごめんなさい。

協力隊に参加して、
自分にとって本当に大切なものが何かよくわかった気がします。
厳しい環境に置かれると、
そういうものが見えてくるのだと気づきました。
それらをこれからも大切にして生きていきたいと思います。

協力隊に行って得たものはなんですかと聞かれることがそれなりにあり、
そのたびに「『何でもできる』という自信と度胸」と答えてきました。
それは変わらないのですが、
最近そのありがたみにやっと気づいたもうひとつの答えは、
「生涯の仲間たち」です。
どこに行っても何をしてもどんな状況でも、
共にいるだけで楽しいこと間違いなしの、
遠慮も気づかいも何もいらない、
心を許せて自然とお互い助け合える仲間たち。
こんな友だち、他にいません。
みんないつもありがとう。
これからもよろしくお願いします。

みなさん、またどこかでお会いしましょう。
This is not the end!

s-54saltpan2.jpg




スポンサーサイト
2014.12.31 Wed l おわりに l top
ザンビアで多くの時間を共に過ごした隊員仲間が、
マラウイという、ザンビアのお隣の国へ旅立った。

隊員を終えたあとでも途上国で仕事をしている知り合いは数多くいるけれど、
こんなに仲の良い友人が旅立つのは初めて。
初めて見送る側の気持ちがわかった気がする。

新たな道を歩み始めた友に幸多からんことを。
マラウイ、きっと遊びに行くよ!



2014.09.18 Thu l 未分類 l top
Chase the dog star
Over the sea
Home where my true love is waiting for me
Rope the south wind
Canvas the stars
Harness the moonlight
So she can safely go
Round the Cape Horn to Valparaiso

Red the port light
Starboard the green
How will she know of the devils I've seen
Cross in the sky, star of the sea
Under the moonlight, there she can safely go
Round the Cape Horn to Valparaiso
Valparaiso

And every road I walked would take me down to the sea
With every broken promise in my sack
And every love would always send the ship of my heart
Over the rolling sea

If I should die
And water's my grave
She'll never know if I'm damned or I'm saved
See the ghost fly over the sea
Under the moonlight, there she can safely go
Round the Cape Horn to Valparaiso
Valparaiso
Valparaiso
Valparaiso




2014.08.21 Thu l 帰国後(つぶやき) l top
3か月前のことだけれど、
ゴールデンウィークに自転車を持って旅に出た。
ザンビアに行く半年前(2009年9月)に行って以来、
ずっと再訪したかったしまなみ海道(当時はレンタサイクル)。
はじめての輪行にドキドキしっぱなしの2日間。
すべて予定通り無事に終わって帰ってきたときには、
なんだかものすごいことをやってのけたような充実感と爽快感。
人生やっぱこういうのがなくっちゃ。(大げさ)

と、例によって行く前にいろいろとネットで調べたので、
私の旅も誰かの旅の参考になればと、記録しておきたい。

しまなみ海道ってこんなところ。
map_o.gif
(クリックでしまなみ海道観光マップのサイトへ飛びます。)

行程はざっとこんな感じ。

2014年5月5日(月・祝)

08:52 尾道駅 着
09:30 向島行きのフェリー乗船
11:30 ドルチェ着
11:45 ドルチェ発 ※この頃雨が止む
13:10 伯方 道の駅 着
14:00 伯方 道の駅 発
15:00 いきいき館 着
15:20 いきいき館 発
16:00 展望台着
16:15 サンライズ糸山着
16:45 サンライズ糸山発
17:15 今治アーバンホテル 着

では、振り返ってみたい。
写真があんまりなくて申し訳ない。
長いのでご注意。

まずは、出発前日に、はじめての自転車解体にチャレンジ。
(前日っていうこの無謀さ。でもそれまで時間がなかったのだ。
どうしても無理そうならレンタサイクルにしようと思っていた。)
私が毎日愛用しているチャリは、GIANTのEscape R3。
どこでも見かけるよくあるやつ。
ザンビアから帰国してすぐに買ったもの。
スポーツバイクを扱っている自転車屋さんにいきなり電話して、
輪行のしかた教えてもらえますかってお願いしたら、
お客さんが来なくて空いていたらいいですよと快く引き受けてくださった。
そして実際午前中いっぱい根気よく付き合ってくださって、
3回くらい解体して組み立ててを繰り返して、やり方をマスター。
しかもお代も何もいらないと。ただただ感謝。

自宅に帰って慎重に解体し、満を持して翌5月5日、4連休の3日目、
名古屋始発の博多行きののぞみに関西の自宅近くの駅から乗車。
徒歩10分の最寄駅まで歩いて行くだけでその重さにヘトヘトになって、
階段とかいろんなところにぶつけてかなり心配になり、
新幹線に乗ってようやく人心地。
始発ということもあって車内はガラガラ。
指定席はもちろん一番うしろの3人掛けを確保。
自転車は見事にすっぽり。

s-140506_092619.jpg

福山で山陽本線へ乗り換え、9時前には尾道に到着。
駅構内にある観光案内所の目の前で9時になるまで待って、
案内所が開くと同時にしまなみサイクリングクーポン購入。
このクーポンを使えば、
500円かかる橋の通行料が250円で済んでしまうのだ。

駅を出ると、さすが尾道駅、ちゃんと自転車を組み立てるスペースあり。
雨が降っていたので、屋根があるのはなんともありがたい。
心配していたがどうやら無傷で運べたようで、
組み立てるのも一発ですんなりできて、
尾道駅で自分のチャリに乗ったときのうれしさと言ったら。
雨なんてなんも気にならない。
ワクワクしながら9時半に向島(むかいしま)行きのフェリーに乗船。

向島に着いて、いよいよサイクリング開始。
雨はそれなりに降っていて、他にサイクリングしている人はほぼなし。
あっという間に向島を過ぎ、因島(いんのしま)も過ぎ、生口島(いくちじま)へ。

s-140505_105430.jpg
雨模様の生口橋。
でもこの橋を過ぎて、段々と雨が小降りに。
そして出発からほぼ2時間の11時半、生口島(いくちじま)に渡り、
前回は立ち寄れなかった念願のジェラート屋さんドルチェに到着。

それまで、チャリ乗ってる人少ないなーと思っていたけれど、
ドルチェはお客さんで満杯。
駐車場・駐輪場もいっぱい。
おいしいジェラートでちょっとしたぜいたく気分に浸り、
ここでレインウェアを脱いで再出発。

生口島は前回来たときに泊まった島で、
レモンやその他の柑橘類の産地で(レモン生産量日本一らしい)、
平山郁夫の出身地で平山郁夫美術館があって(ここ、とってもいい!)、
耕三寺っていうカラフルなお寺があって、
島全体にいろんなアート作品があって島全体が美術館みたいになっていて、
とにかく素敵な素敵な島なのだ。

情緒あふれる商店街を通りながら、
ちょっとは降りて散策しようかと誘惑に駆られたけど、
はじめての一日でのしまなみ海道走破だから、
どんなに時間に余裕はありそうでも、
何があるかわからないから(パンクとかね)、
夕方までにちゃんと渡りきるということを最優先して、
用心して我慢してそのままチャリで通過。

多々羅大橋(たたらおおはし)で多々羅の鳴き龍にご挨拶して、
大三島(おおみしま)へ。
大三島は大きいのだけれど、しまなみ海道は海沿いにすぐに抜けてしまう。
次の伯方島(はかたじま)の道の駅でお昼にしようと決めていて、
13時過ぎに道の駅「伯方S・Cパーク マリンオアシスはかた」に到着。
SとCはそれぞれSportsとCultureの意味だそうだ。
お昼はしらす丼をチョイス。

s-140505_131235.jpg
ウマい!大満足。

実は出発前に肝心の空気を入れてくることを忘れて、結構心配だったので、
ここで空気入れを借りて空気満タンに。
もちろんフレンチバルブの空気入れもちゃんとあります。ありがたや。
ここまで順調に来たので、ちょっとのんびり休憩。
14時に再出発。
気づけばあとは大島の真ん中を突き抜けて来島海峡大橋(くるしま、と読む)を残すのみで、
あっという間に過ぎてしまって寂しいやら何やら。
大島といえば、長~い上り坂。
そしてそれを過ぎればあっという間に道の駅「いきいき館」。
ここの七輪バーベキュー、一度してみたいなぁ。
ここでも小休止して、気合いを入れて、いざ来島海峡大橋へ!

来島海峡大橋は、全長4kmに及ぶ3連の吊り橋で、
チャリで走ると、まさに海の上を走っている気分になって、
それはもう、言葉では言い表せないくらい爽快なのだ。

s-IMG_0020.jpg

のんびり30分以上かけて空中散歩(散走)を楽しみながらゆっくり渡り、
渡りきったあとにそのまま今治側の展望台へ。

s-IMG_0030(1280).jpg
いやぁ、絶景かな。

s-IMG_0039 - コピー
愛車も入れて記念写真。

あっという間に終わってしまったなぁ、というのがまず思ったこと。
全然疲れもせず、とにかくあっという間だった。
なんだか物足りないくらい。
次は、いろんな島に泊まりながら、いろんな寄り道をしたい。

この後、サンライズ糸山になんとなく寄って、今治市内のホテルへ。
アーバンホテルというところに泊まったのだけれど、
まさかのエレベーターが狭くてチャリ入れるのに一苦労。
室内持ち込み可でも、その仕様にはなっていなかった。。
でも駅に近いのは良し。

ホテルでチャリを解体し、翌日は帰るだけ。
6:50発のしおかぜ6号に乗って岡山へ。
しおかぜも一番うしろの席を取っておいたのだけれど、
うまく座席のうしろに自転車を滑り込ませることができず、
デッキでくくりつけておくことに。

s-140506_070548.jpg

新幹線は、連休最終日がどれだけ混むのか予想がつかず、
岡山駅始発のひかりの指定席を取っておいてみたら、
発車したときにはこんな状態。

s-140506_095704.jpg
車両まるごとひとり占め!
その後だんだんとお客さんは増えてはきたけれど。

というわけで、お昼前には無事に自宅に帰着。
早速自転車を組み立て、外していたスタンドも取りつけて、
異常のないことを確認。
そのまま出発前にお世話になった自転車屋さんに、
お礼を言いに行って、無事にはじめての輪行が終わったのでした。

輪行にあたって一番心配だったのは、パンク。
私が用意していったのは、
予備のチューブ、携帯空気入れ、そして工具。
それからバイクメンテナンスの本。
実際にチューブを取り換えたことはないのだけれど、
まぁ、しまなみ海道だからきっと人がいっぱいいて、
誰か助けてくれるだろうという甘い算段。
幸い誰にもお世話にならずに済みました。

はじめての輪行の反省点は、荷物が重かったこと。
私の輪行袋、結構大きくて重いということに、持ち運んでみて気がついた。
そして、一泊にしては大きめの30リットルのデイパックで行ったものだから、
入ってしまうばっかりに必要のないものまでいろいろ持っていってしまい、
無駄に疲れるはめに。
やっぱり旅の荷物は軽いのが一番。
特に自転車でずっと持ち運ぶのならなおさら。
次回に活かさねば。

何度でも行きたいしまなみ海道。
次は島に泊まる!
せっかく覚えた輪行、どんどんやっていかないとな。





2014.08.03 Sun l ザンビアじゃない話 l top
We busted out of class
Had to get away from those fools
We learned more from a three-minute record
Than we ever learned in school

Tonight I hear the neighborhood drummer sound
I can feel my heart begin to pound
You say you're tired and you just want to close your eyes
And follow your dreams down

We made a promise we swore we'd always remember
No retreat no surrender
Like soldiers on the winter's night
With a vow to defend
No retreat no surrender

Now young faces grow sad and old
And hearts of fire grow cold
We swore blood brothers against the wind
And I'm ready to grow young again

And I hear your sister's voice calling us home
Across the open yards
Well even we can cut someplace of our own
With these drums and these guitars

'Cause we made a promise we swore we'd always remember
No retreat no surrender

Blood brothers on a summer's night
With a vow to defend
No retreat no surrender

Now out on the streets tonight the lights are growing dim
And the walls of my room are closing in
But it's good to see your smiling face
And to hear your voice again

Now we can sleep in the twilight
By the river bed
With a wide open country in our hearts
And these romantic dreams in our hands

'Cause we made a promise we swore we'd always remember
No retreat no surrender

Blood brothers on a summer's night
With a vow to defend
No retreat no surrender
No retreat no surrender


パックがフィンに歌った歌。
後戻りも降伏もしない。
May his soul rest in peace.





2014.06.09 Mon l ザンビアじゃない話 l top
4月です。
新しい季節、節目の季節。
社会人9年目に突入。

いつの間にかザンビアで過ごしたのと同じだけの2年間という時間を、
帰国してから過ごしていた。
私たちと入れ替わりでザンビアに赴任した隊次(23年度4次隊)が、
もう日本に帰ってきているなんて、信じられない。

そしていつの間にか、会社で働いていた期間よりも、
会社を辞めてからの期間のほうが長くなっていたのも信じられない。

辞めて久しいけれど、今でも強く思うのは、
私の社会人としての土台はすべて会社員時代に培ったということ。
私を育ててくださった会社の人たちに、
今でも東京に帰ると大勢集まって一緒に飲んでくださる会社の人たちに、
心から感謝しています。
本当にありがとうございます。

そして、帰国2年のこの節目に思うもうひとつのことは、
つくづくスマホは必要ないということ。
さすがにこの時代にインターネットがないのは不便だけれど、
インターネットをどこにでも持ち歩く必要は何もないと強く思う。
私は家でインターネットをつないでいるだけで十分。
ケータイはガラケーで、かかる費用は月平均1000円。
それで何の不自由もなし。

帰国したときは、スマホだのタブレットだのの普及率の高さに驚き、
なんなんだこのデジタル社会は、と思ったものだけれど、
やっぱり必要ない。
スマホがあるとすべてを検索に頼り、
何も頭で考えなくなって、バカになるのではと強く思う。

私の世代はまだここまでデジタルじゃなかった時代を知っているから、
デジタル社会が便利だと思えるし、
スマホやタブレットを便利に活用する術もわかっている。
しかし生まれたときからデジタル社会のデジタル・ネイティブ世代は、
本当にスマホに依存しきって生きているようで、非常に恐ろしい。

1年後はいったいどんな時代になっていて、
私は何を考えているだろう。


2014.04.20 Sun l 帰国後(つぶやき) l top
前回の記事の続き。

さて、二次試験。面接である。
内容は、与えられた5つのトピックの中からひとつ選んで、
1分間の準備時間を経て、2分間のスピーチをするというものである。
それに質疑応答がくっついてくる。

評価の観点は4つ。

Short speech(スピーチ) 30点
Interaction(やりとり) 30点
Grammar and Vocabulary(文法・語彙) 20点
Pronunciation(発音・アクセント) 20点
計 100点

※合格ラインは60点

とりあえず過去問を見てみると、
こんなの日本語でも答えられません!!
ってなのばかり。

例えば…
1. Is democracy the best form of government?
(民主主義は最良の政治形態か)
2. Does fashion play an important role in shaping cultural identity?
(ファッションは文化的アイデンティティーの形成において重要な役割を果たすか)
3. Can Japan's rural communities be revitalized?
(日本の村落地域は活性化され得るか)
4. Agree or disagree: Zoos do more harm than good.
(賛成か反対か:動物園は利点より弊害のほうが大きい)
5. Will religion have a bigger influence on global politics in the future?
( 今後、宗教が国際政治に与える影響はより大きくなるか)

※日本語訳は私の適当訳です。あしからず。


こんなん無理だろーと思いつつ、
まず一度、身近にいるネイティブスピーカーをつかまえて、
模擬面接をお願いしてやってみた。
と、全然2分も話が続かないし詰まって何も言えなくなって、
「ゴメン、できないわ」と、自ら打ち切り。
これやるまで、ま、なんとかなるだろうと思っていたのだけれど、
一気に焦り始め、本格的に対策することにしたのが本番1週間前。

過去12回分に出題されたトピックをすべて集めて一覧にして、
やったこととは、ひたすら、
実際に時間を測って1分間で準備して2分間(頭の中で)しゃべり続ける。

これを繰り返していくうちに気づいたことは、
(当たり前だけど)得意なトピックと苦手なトピックがあるということ。
私の場合は…
言える→「教育」「途上国・国際協力」「ジェンダー」「企業」「芸術」「都市化、過疎化」「高齢化」
言えない→「政治」、「科学」、「生命倫理」

というわけで、
まったく意見が思いつかなかったり、自分の経験から語れないものは、
ばっさりと捨てることに。
5つあればひとつくらいは語れるトピックがあるはずで、
大事なのは、一般論に終始せずに、
自分の体験から語って持論に説得力を持たせること。

あとは、とりあえず2分間しゃべり続けること。
言い返せば、それ以上を求めないこと。
即興スピーチでそんなに美しく型通りのスピーチができるわけないので、
具体例が最低2つ挙げられて2分続けばOKということに(勝手に)した。

果たして二次面接当日。
見た目の印象も大事でないはずがないので、
スーツこそ着なかったけれど、仕事着程度のかっちりしたものに。
早めに行かないとものすごく待つことになるということは調べてあったので、
集合時間の50分前に会場に到着(1級受験者の中で3番目)。
集合時間から10分後くらいに控室から面接室廊下に案内されたが、
そこから待つこと30分以上。
前に3人(そもそもの集合時間が早かった人)いて、
面接官の10分の休憩もあって、
結局自分の番が回ってきたのは集合時間から45分後くらい。

面接室に入ったらまずは自己紹介をするのだけど、
「ザンビアで2年間ボランティアしてました」って言ったら、
ネイティブスピーカーの初老のおじいちゃん、JICA volunteer?と。
具体的に何してたのかまで聞いてくれて、いい雰囲気で面接開始。

渡されたトピックざっと見て、10秒くらいで「これだ!」と決めたのが、
Are female empolyees discriminated against in Japan's major corporations?
(日本の大企業では女性差別が存在するか)

※ちゃんと覚えているわけではないので、正確には違う可能性大。


日本企業で働いていた女性として、話せることあるぜ!と思い、
残りの50秒間で一生懸命スピーチを構築。

実際に話したことは、あんまり詳しくは書けないけれど、
まだまだ男性優位の社会であるという話を、
会社員時代と今の仕事と両方の話を踏まえて、力説。
詰まったり沈黙したりすることなく、ちょうど2分。
というか実際には、2分を越えたのでやめようとしたら、
私の実体験の話がネイティブのおじいちゃんには相当びっくりだったらしく、
「続けて」と言われたり。
それでもそのあとすぐに終えて、約2分。

そのあとの質疑応答はなかなか難しく、
政府と民間とどっちが女性の社会進出をリード(ヘルプだったかな)すべきか、
(いや、どっちが効果的か、だったかも)
とか聞かれ、なんとか答えても理由が理由になってなかったり、
かなりしどろもどろに。

でも、まぁ自然なコミュニケーションは取れたし、落ちてはないかな~という感触。

で、結果がこちら。
eiken_interviw.png

Short speech(スピーチ) 24/30点
Interaction(やりとり) 18/30点
Grammar and Vocabulary(文法・語彙) 16/20点
Pronunciation(発音・アクセント) 16/20点
計 74/100点

やっぱり質疑応答(やりとり)が低かった。

ちなみに、ネットでいろんな人が書いているけれど、
文法・語彙と発音・アクセントの評価は、スピーチ内容ややりとりに引きずられる可能性大。
印象さえよければすべてが上がると思われる。
私だって文法は結構ひどかったはず。

以上、英検体験記でした。
英検1級を取ったからには、次に目指すはあの国家資格。。。



2014.03.15 Sat l ザンビアじゃない話 l top
もう3~4か月前の話だが、英検1級に合格した。
2013年度第2回である。

高校3年のとき、留学から帰ってきてすぐに受けて、
ひどい点で落ちたきり、英検はご無沙汰だった。
今年度新たに就職して、仕事柄、受験料が安くなることを知り、
せっかくだから受けてみようと思い立ったのである。

とりあえず対策として、
旺文社から出ている過去問6回分の問題集を買い、
さらにその6回前の分の問題集と、
リスニングCD過去12回分を図書館で借りた。

過去問を3回分くらい解いてわかったのは、
リーディングの問題は9割以上できて、
リスニングも8~9割できて、
語彙問題は悲惨なほどできなかったので(半分くらい勘で正解率5割)、
過去問ばかり解いていても意味がないということ。
語彙問題に集中的に取り組むことに。

知っている人は知っているが、
英検1級の語彙問題は、
専門用語と言いたくなるような語のオンパレードである。
4択問題なのだけれど、
選択肢4つとも見たことも聞いたこともないぜ!
って感じなのである。少なくとも私には。

おそらくTIMEのような雑誌には普通に出てくる語彙なのだろうが、
いかんせん私はTIMEなんて日常的に読まないので、
私の今の生活では決して出会わない語彙である。
すなわち、覚えられないというか、
一度覚えたところで以後出会わなかったらすぐ忘れるだけだから、
覚える意味あるのだろうかと思ってしまったのである。

結局、試験に合格するためだけという、
無意味な勉強をすることになり、
よっぽど辞めようかとも思ったが、
英語の語彙を覚えるという作業自体が楽しかったので、
とりあえずこんな感じで、
過去12回分の問題で解けなかったものをすべてノートに書き写した。
それで何度も(と言いたいところだが、実際には何度か)読み返した。
(読むだけで語彙の意味を推測できるタイプの問題である。)

s-140215_222607 - コピー

それから、試験直前になって、
単語集を買えばいいんだ、と気づき、
「パス単」という英検1級用の単語集を購入。
試験前日はこれを1時間くらい眺めて無理やり頭に詰め込んだ。

ま、これくらいでは語彙が身に付くはずもなく、
結局あんまりやった意味がなかったが、
果たして結果はご覧のとおり。

英検1級結果

語い・熟語 16/25 (64%)
読解 24/26 (92%)
リスニング 31/34 (91%)
作文 22/28 (78%)

何にも対策しなくても同じようなスコアを取った気がしないでもない。
作文はそれなりに書けたと思ったのに思ったより点が低くて、
恥ずかしいというかどうすれば満点解答が書けるのかわからない。

ともあれ、めでたく一次試験に合格。
長くなったので、二次試験についてはまた来月。


2014.02.15 Sat l ザンビアじゃない話 l top
エクアドルで流しのタクシーに乗った日本人が銃撃されて亡くなった。

「白タクに乗ってはいけない。」

海外旅行の鉄則である。

が、しかし、
途上国に住み慣れた者、あるいは途上国を旅慣れた者なら、
誰でも一度くらい流しのタクシーに乗ったことがあるのではないだろうか。

協力隊員は、まず訓練所で安全対策を叩きこまれる。
いろんな強盗犯罪の手口を習った上で、
「白タクには決して乗るな」と。

任国に赴任したあとも、
オリエンテーションで、必ず教わる。
「白タクには決して乗るな」と。

それでも、隊員は乗る。
2年間の任期中、一度も白タクに乗らなかった隊員なんているのだろうか。
私が具体的に知っているのはアフリカ諸国だけなので、
他地域については事情が違うのかもしれないけれど。

まず、白タクに乗る最大の理由は、
正規のタクシーがそんなにいい具合に見つかるものではない、
ということである。
(あ、リビングストンは例外だけど。ザンビアの場合。)
途上国には(少なくともザンビアには)、
正規タクシーと同じ数か、
もしくははるかにそれを上回るかもしれないくらいの数の白タクがいる。
タクシー稼業は儲かるが故に、誰もがやっているのである。

で、たとえばどこかの都市へ行くとして、
長距離バスに乗ったとして、目的地で降りると、
タクシーの運ちゃんたちが、
高々と車のキーを掲げ、バスに乗り込まんばかりの勢いで、
バスステップにうじゃうじゃうじゃと集ってくる。
その中のいったい何人が正規タクシーの運ちゃんだろうか。
タクシーを使いたいとき、そんなにうまく正規タクシーが見つかるとは、
まったく限らないのである。

では、どうするか。
正規か白タクかなんて考え方は打ち捨てて、
顔なじみのタクシーを作るのである。
ルサカの隊員が使っていた顔なじみのタクシーは、
ほぼ全員が白タクだった。
ニコちゃん、モーゼス、ムレンガ、アリさん、ブライアン、クリちゃんなど。)
彼らは昔から隊員御用達で、
それぞれの隊員の住んでいる家を知っており、
ぼったくることもなく、呼んだらだいたいすぐ来てくれる、
それなりに信頼のおける運ちゃんたちだった。

だから、そういったタクシーを使えばいいのである。
そういったタクシーを使う分にはたいてい問題はないのである。

しかし、こんな生活を長くしていると、慣れ過ぎる。
流しだってみんな使ってるし、
それで事件が起こったなんて聞いたことないし。
あぁ、顔なじみの誰に電話かけてもつかまらないよ。
というように。

助手席に乗っていれば大丈夫。
乗る前に値段交渉すれば大丈夫。
相乗りさせなければ大丈夫。

こんな(誤った?)意識が芽生えて、
流しの白タクに乗ることに抵抗がなくなってしまう。
あまりにもありふれているからだと思う。

私自身、数えられる程度ではあるけれど、
流しの白タクに乗った経験がある。
(2年で5回くらいだと思う。)
さすがに一人で乗ったことはないけれど、
やはり、旅先でつかまえることが多かった。

それに、たとえば地方隊員は、
ルサカの長距離バス発着所(インターシティ)から隊員ドミまで、
インターシティで呼び込みしているタクシーをよく使っていた。
(歩けない距離ではないが、やや遠い。)

あるいは、たまの息抜きにクラブに夜遊びに行って、
深夜に自宅やドミに戻るとか。

思いのほかたくさん買い物をしてしまって、
タクシーじゃないと帰れなくなってしまったとか。

ザンビアでは(それにきっと周辺諸国でも)、
黒人じゃない者が道を歩いていると、やたらクラクションを鳴らされる。
タクシーの呼び込みである。
お金を持っているからタクシーを使うに違いないと、
端から思われているのである。
故に、外を歩けばタクシーがどこでもつかまる。
それくらいありふれている。

今回の事件を聞いて、改めて怖いと思った。
自分がそんな事件に巻き込まれなかったのは、
ただただラッキーだっただけなのだ。

安全対策って難しい。
せめて言えるのは、
旅するならば、現地に精通した知り合いがいるような、
またはそんなツテのあるようなところに限るべきということか。
そうでなければ、あらゆるリスクを覚悟しなければならない。

亡くなられた方のご冥福を心よりお祈りいたします。
2014.01.15 Wed l 帰国後(つぶやき) l top
ザンビアへ行く前に勤めていた職場の先輩方が
旅行で私の住んでいる街へいらっしゃいました。

まさかこっちでみなさんとお会いできるなんて!
すごい違和感!
うれしい違和感!

会社のみなさんの近況をうかがい、
あれやこれやとお話しして、
とーーーっても楽しいひとときでした。

こうやって今でも気軽に誘ってくださることに、本当に感謝。

どうもありがとうございました!!
みなさん、また東京で飲みましょう!


…と、こんなプライベートなメッセージのみで今月は失礼いたします…
正月休みにこそは、ストップしているザンビア関連記事を再開させたいもの…
2013.12.16 Mon l 帰国後(つぶやき) l top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。